78年前の長崎の光景が今の母国の惨状と重なる。ロシアの軍事侵攻から逃れ、長崎大大学院に通うウクライナ人のマルトバ・ユリアさん(26)はこの春、長崎県長崎市の長崎原爆資料館を見学した。
南部ザポロジエ出身。首都キーウで法律関係の仕事をしていたがコロナ禍で実家に戻り、母と2人で暮らしていた。昨年2月、突如始まった軍事侵攻。爆撃音や鳴り響く警報に気丈だった母もふさぎ込むようになり、2人は西部リビウに避難。友人を頼ってドイツに逃れ、マルトバさんは研究のため、昨年8月下旬から長崎で暮らし始めた。
原爆資料館見学については「自分の目で見ることが大切」と考える一方、「自分の国でも使われるかもしれないという恐怖」があり、ためらっていた。だが、ゼレンスキー大統領が今年5月、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)に出席し、広島の原爆資料館を見学することを知り、「目を背けてはいけない」との思いを強くした。
原爆の熱線や放射線が広がる様子を再現したジオラマ模型、きのこ雲の下で、多くの命と暮らしが一瞬にして奪われた現実。初めて目にした展示資料と母国で今起きている惨禍が重なり「本当に心が痛んだ」。そしてこう続けた。「ただ望むのは一つの独立国家として平和に暮らせること」
そうした願いとは裏腹にロシアのプーチン大統領は3月、隣国の同盟国ベラルーシへの戦術核兵器配備を表明。北大西洋条約機構(NATO)加盟国へのけん制を強める。NATOに加盟するドイツなどに配備する米国の「核共有」と同じだと主張するが、ベラルーシのルカシェンコ大統領は「われわれの武器であり、われわれが使う」と発言しているとされ、食い違いを見せる。マルトバさんは「核の拡散であり、とても危険な行為だ」と憤る。
さらにはプーチン政権に近い国際政治学者が6月に発表した論文で、「限定的な核兵器使用もやむを得ない」と言及したことも国内外で波紋を広げる。
防衛省防衛研究所サイバー安全保障研究室の一政祐行室長は、限定使用の可能性について「ひとえにプーチン大統領の判断による。ただ、これまでも核の威嚇を繰り返しており、確固たる議論をするのは(判断材料がなく)まだ難しいのでは」と慎重な姿勢を示す。
その上で「限定使用であっても全面核戦争にエスカレートしない保証はない。核使用リスクを引き下げる努力が必要だ」と警鐘を鳴らす。
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核抑止に向き合う 長崎から問う被爆国の針路・5 【ウクライナ侵攻】「目を背けてはいけない」
2023/08/04 掲載