【黒本】地道な“発掘作業”
長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の本棚に、来館者が閲覧できる通称「黒本」と呼ばれる分厚い本が並んでいる。その数76冊。1995年度に国が実施した被爆者実態調査で、全国から寄せられた体験記のうち、長崎原爆に関する証言集だ。永遠の会はこの黒本の中から、朗読する体験記を選ぶ“発掘作業”を続けている。
体験記は直筆でつづられており、判読が難しいものもある。1冊約400ページの黒本から、朗読会のテーマに沿ったエピソードを選ぶのは、時間と労力が伴う地道な作業だ。
ここで役立つのが、同会が作製した独自の記録シート。体験記の概要と「爆風」「負傷者」「警報」「配給」といったキーワード、被爆者名、被爆時の年齢、爆心地からの距離などのデータを整理し、被爆者の名前順にファイルしている。
「突然閃光(せんこう)が走り、どーんと轟音(ごうおん)がして気が付けば土の山から転げ落ちていた」(当時28歳の女性)。こうした記述があれば、「閃光」などのキーワードを抽出。「行水中、姉に抱かれて避難。被爆してから光におびえる。いまだに稲光が怖い」(当時5歳の女性)。この証言はキーワードを「トラウマ(心的外傷)」とした。
このほか「兄は無傷で帰ってきたが、皮膚は黒ずみ、熱が出て下痢をするようになり、日々衰弱していった。『死にたくないなあ』とつぶやいて死んだ」(当時13歳の男性)、「私の戦後は一生、きそうにもない」(当時19歳の男性)など、生々しい記録の象徴的な部分をまとめている。
抽出作業を知った佐賀県の小学校から「平和学習として児童に体験させたい」と依頼が来たこともある。「難解な字、表現もあり、小学生には難しいのでは」との心配をよそに、子どもたちは熱心に黒本と向き合った。児童から寄せられた感想文は後日、朗読会で紹介した。
将来的にはデーターベース化を進め、朗読に特化した検索システムの構築を目指している。同会代表の大塚久子(62)は「棚にあるだけだとただの記録。それを掘り起こして誰かに伝えることは、私たちにしかできないこと」と力を込める。こうした地道な作業は、次世代の“継承者”たちへ託すバトンでもある。
(文中敬称略)