【活用】意義ある研究続ける
今月21日、長崎市坂本1丁目の長崎大原爆後障害医療研究所(原研)の一室。技術職員の荒木夕子(49)が被爆者の腎臓や骨髄、頭皮などさまざまなスライド標本のデータベース化作業を進めていた。「ほこりが付いていると、そこにピントが合い、やり直しになることもある」。エタノールで一枚一枚、汚れを拭き取り、スキャナーにかけた。
原研は、長崎原爆投下直後から日米の科学者が収集し米軍が接収後、1973年に米軍病理学研究所(AFIP)から返還された資料を保管。約8千件の被爆者の医学記録をはじめ、多数のホルマリン漬けの臓器標本、標本の一部をろうで固めたパラフィンブロックなどがある。
このうちスライド標本は約6万5千枚。経年劣化が進んでいるため2016年からデータベース化を進めている。データ化を終えた医学記録とひも付けることで、研究時に使いやすくなるという。完了まであと10年ほどかかる見込みだ。
AFIP返還資料は被爆学術資料として最も古い部類に入り、歴史的価値は高い。近年の活用例では、組織標本内の放射性物質プルトニウムから今も放出が続くアルファ線の撮影に成功し、それに基づく内部被ばく線量も推計された。
保存活用を統括する中島正洋教授(55)は、放射線被ばくと発がんメカニズムの解明が原研の主目的の一つと説明し、「資料を使った意義ある研究をこれからも考えていく」と語る。
保管しているのはAFIP返還資料だけではない。1978年、市などの協力を得て被爆者健康手帳保持者の「被爆者データベース」を構築。70年時点の市内在住者約7万7千人分の被爆状況や検診の更新情報を追跡調査でき、死亡者の死因なども把握できる。
データ活用も多様に進められている。本年度は、直接被爆者に比べ手薄だった入市被爆者(データ登録者約1万4千人)の研究を3カ年計画で本格化させる。
比較的低線量の残留放射線を受けた入市被爆者。爆心地付近に入った時期や滞在時間から被ばく線量を推計し、その後のがんの発生に影響したか否かを解析する。担当する横田賢一助教(60)は2011年の東京電力福島第1原発事故に伴う被ばくも入市被爆と状況が近いと指摘し、研究を「福島でも生かしたい」。被爆地に残る資料の研究を、他への活用にもつなげていく-。そんな地道な作業も、被爆地長崎に課せられた役割だと思っている。
=文中敬称略、おわり=