韓国 動きだす投下責任論
5月27日、米大統領バラク・オバマの到着を控えた広島市の平和記念公園。その一角にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑周辺は朝から騒然としていた。「オバマは謝罪しろ」。来日した韓国原爆被害者協会の被爆者ら10人が横断幕やプラカードを掲げ叫んでいた。
「世界で初めて原爆を使った米国の反人道的行為に怒りを禁じ得ない。賠償を要求する」。報道陣の前でオバマに送るという書簡が読み上げられた。
広島原爆戦災誌によると、終戦時、広島県には朝鮮人が約6万人おり、うち3万~4万人が被爆した。
慰霊碑に死者数は「二万余名」と刻まれている。
「韓国の被爆者が米国に謝罪を求める具体的な行動を起こしたのは初めて」。在外被爆者支援連絡会共同代表で、韓国人被爆者を長年支える平野伸人(69)=長崎市=はこう指摘する。
韓国の被爆者運動は1970年代に本格化。日本人と同等の援護施策を受けることが目的だった。日本政府は、日本国内に居住していないことを理由に手当支給や手帳交付を拒み続けたが、韓国人被爆者は法廷で勝利を重ね制度改善につなげた。昨年9月、最高裁が医療費の全額支給を認めたことで、援護格差は大幅に解消された。
平野は「韓国の被爆者は日本政府以外にも目を向けるようになり、原爆を投下した米国の責任を問う議論が起きている」と話す。
しかし、日本政府はサンフランシスコ講和条約で米国への賠償請求権を放棄した。戦時中、日本に併合されていた韓国の被爆者が米国の責任を問えるのか。
戦争犯罪論を専門とする東京造形大教授の前田朗(60)は「重大な人権侵害については、国家間の条約で個人の請求権まで放棄できないという理解が国際的に広がっている。当時の国籍を問わず、すべての被爆者に請求権はある」との見方を示す。
2006年には広島市で、米国の責任を問う模擬裁判「国際民衆法廷」が開かれた。被爆者らが原告となり、原爆投下時の米大統領トルーマンら関係者15人の罪を訴えた。国内外の国際法専門家でつくる判事団は「有罪」判決を下し、被爆者とその親族への謝罪と補償を「勧告」。判決文を米国などに送った。
「勧告」に対する米国の反応はない。しかし、識者として民衆法廷で証言した前田はこうした積み重ねが不可欠と言う。「1990年以降(戦争犯罪を裁く)国際刑事裁判所などが設置されて国際法は変容し、戦争被害者の権利を認める流れが生まれた。原爆投下の責任もすべての国の被爆者が連帯して追及するべきだ。それが核廃絶につながれば米大統領の被爆地訪問にも意義が見いだせるのではないか」=文中敬称略=