広がり 世界へ 新たな幕開け
2014年8月、鳥居吉治さん(54)=山口県下関市=は、長崎源之助さんの絵本「ひろしまのエノキ」「汽笛」の英訳文を手に海を渡った。目的地は米シカゴ。広島、長崎への原爆投下を命じたトルーマン米大統領の孫、クリフトン・トルーマン・ダニエルさん(58)に手渡すためだ。ダニエルさんは英訳文を読み「『ひろしまのエノキ』が持つ希望、『汽笛』が持つ悲しみを感じた」と話した。
さかのぼること1年ほど前、鳥居さんは長崎大関係者の紹介でダニエルさんと長崎で会い、2冊の絵本を贈ることを約束していた。「ひろしまのエノキ」を英訳したのは作家で環境保護活動家のC・W・ニコルさん(75)。被爆エノキ3世の苗木を育てた「ながさき県民の森」の福田哲也さん(52)と親交があり、快く引き受けてくれた。「汽笛」の英訳は米国の日米交流団体ジャパン・ソサエティー関係者らが協力した。
ダニエルさんは検疫など課題をクリアできればミズーリ州のトルーマン図書館に苗木を植えることも約束。「日米の和解と相互理解のための小さな一歩になることを期待する」と語った。
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「ひろしまのエノキ」「汽笛」をめぐる関係者は、長崎さんらの平和への思いを植樹を通して後世に伝えたいと考えている。福田さんが育てた苗木は約30本。ことし、長崎市教委を通じ植樹を呼び掛けると市内12の小中学校から希望があった。ニコルさんが暮らす長野県信濃町の「アファンの森」にも来春植樹を予定。戦後70年を迎え、戦争の記憶の風化が進む中、被爆エノキをめぐる物語は新たな幕を開けようとしている。
「汽笛」の舞台、大村海軍病院(現国立病院機構長崎医療センター)そばで生まれ育ったものの被爆者らを治療した同病院の歴史を知らなかった福田さん自身、この間の関わりの中で「戦争経験はないが人の思いは受け継ぐことはできる」と強く思うようになった。
原爆を生き抜いたエノキ、守ろうとした子どもたち、それを伝えようとした文学者がいた。「一本の木が生き残ったおかげで、多くの人を結び付けてくれた」。関係者は平和への思いが全国に、世界に広がっていくことを期待している。
新たな命とともに被爆の記憶を未来へ-。戦後、長崎さんや被爆した子どもたちが一緒に線路を眺めた同センター敷地内で、8月8日、被爆エノキ3世が植樹される。
=おわり=