指揮者 星出豊さん 戦争は最悪 永遠に残す
県オペラ協会などが平和と命の尊さをテーマに長崎で初演するオペラ「いのち」には被爆者や被爆2、3世も出演する。「原爆の恐ろしさを、私たちが後世に継承しなければ」。幅広い年代の出演者が、情熱を傾けて稽古に打ち込んでいる。
「愛する人に、焼けただれた肌が見せられますか」
メゾ・ソプラノ歌手で県オペラ協会理事長の野田晃子さん(72)=長崎市万屋町=は、全身を振り絞ってせりふを語る。求婚を拒まれた医師・松尾に、ケロイドを負った夏子の気持ちを代弁する主治医・岩村を演じる。「岩村は松尾に対して語っているが、この言葉には彼女の原爆に対する怒りが表現されている」
野田さんは4歳のときに道ノ尾温泉(西彼長与町)そばの自宅で被爆した。原爆投下直後に母親から防空壕(ごう)へ連れて行かれた。家族は全員無事。だが、焼けただれたり息絶えた知人の姿を何人も見た。キャストでは唯一の被爆者。感情を整理しないと涙があふれて練習できないほど、強い思い入れがある。
「美しいメロディーと魂を込めた言葉から、たくさんの人に感じ取ってほしい。原爆や戦争の非人道性を、命の大切さを」
岩村をダブルキャストで演じるのは県オペラ協会員で被爆2世の富永宏美さん(45)=同市錦3丁目=。富永さんは親子でこの舞台に取り組む。次女、早耶香さん(12)=活水中1年=は戦争を知らない無邪気な子どもの役を務める。
「いのち」には富永さんの母、村岡禮子さん(79)=同市音無町=の体験とよく似たシーンが登場するという。
村岡さんは11歳で被爆。原爆が投下された1週間後、疎開していた西彼時津町から松山を通って飽の浦にあった実家を見に行った。松山には強烈な鼻につくにおいがたちこめ、焼けたり血だらけになった人たちが足の踏み場もないほど並んでいたという。「信じられない。これが現実のことなのだろうか」とぼうぜんとした。
富永さんは幼いころから母親の話を何度も聞き、後世に引き継がなければと思っていた。「『いのち』にもたくさんの死体が横たわる場面がある。オペラを通して、平和の大切さをあらためて考えてほしい」
被爆3世の早耶香さんは小学5年生の時、初めて村岡さんの体験を聞き、驚いた。「おばあちゃんは私と同年齢で原爆にあった。70年たっても忘れられない記憶があるなんて。戦争は、子どもにもつらい体験をさせるものだとわかった」
村岡さんの話や被爆体験講話を聞いて以来、世界の戦争について調べ、知識を深めている。「今も戦争で幼い命が犠牲になっている。戦争は本当に恐ろしいということを、このオペラで世界中に伝えたい」
被爆地・ナガサキから世界へ。平和への祈りを込めた音楽が、人々の心に響く。