意欲 「老い」渦中も衰えず 改憲の兆しに危機感
眼科医から緑内障と診断され2年。視力は0・7に衰え、失明の恐怖さえ頭をよぎる。抜本的な治療法はないと言われ、目薬と眼鏡が手放せない。「もう年よ」。下平作江(78)は深いため息をつく。
診断とほぼ同じころ、夫、隆敏の看病中に腰の骨を折り、人工骨を入れた。以来、車の運転をやめ、長い距離を歩くときはつえがないと心細い。週に3回、肝硬変の治療で注射を打たなければならない。
それでも、語り部活動に懸ける意欲は衰えない。スケジュール帳の5、6月は今年も、長崎を修学旅行で訪れる学校名で埋め尽くされた。6校に話す日もある。「頼まれたら伝えるのが私の責務」と言うが、帰宅するといつもくたくただ。
世界にはいまだに、1万7千発以上の核弾頭があるとされる。オバマ米大統領が戦略核弾頭の削減を打ち出したが、全廃への道筋はできていない。「核兵器のボタンを押したら、罪のない人が大量に殺される。こんな状況を平和と呼べますか」
この1年ほどは、子どもたちへの被爆体験講話で憲法9条について必ず触れることにしている。教育の場に政治的な話題を持ち込むのは慎んでいたが、自衛隊の「国防軍」への改称を明記した自民党の憲法改正草案などを見ると、悠長なことを言っていられなくなったと感じるからだ。「日本は憲法9条で戦争放棄を掲げているが、今揺らいでいる。『過去に目をつぶる者は未来に対して盲目である』という言葉がある。過去は関係ないと言わないで、しっかり見つめてほしい」。口調に力がこもる。
被爆者の「老い」はますます進む。この夏も象徴的な出来事に直面した。7月6日、長崎市長が平和祈念式典で読み上げる平和宣言文の起草委員会終了後。委員の下平は突然、報道陣に取り囲まれ、被爆者の同志、山口仙二=享年(82)=の訃報を聞かされた。「被爆者はいなくなる」。目頭を押さえ、消え入りそうな声でこう続けた。「いかなる理由があろうとも核兵器は絶対に廃絶していくべきです」
8月9日は例年、平和祈念式典に参列してきた。しかし今年は、西彼時津町の中学からの講演依頼を優先することにした。
「老い」の渦中にありながらも、そこまで力を振り絞る理由はただ一つ。「あんなつらい経験を子どもや孫にしてほしくない」=文中敬称略=