黒い影を見た県立瓊浦中 廣瀬方人さん(82)=長崎市若草町=
生徒が楽しげに走り回っている。長崎市竹の久保町の県立長崎西高。原爆投下後の8月下旬、ここには県立瓊浦中の校舎や体育館が倒壊したまま残っていた。そのがれきの前で大きな黒い球状の影のようなものが揺らいで見えた。約160センチの自分の身長の2倍以上もある。えたいが知れず、大八車を引いたまま、思わず後ずさりした。
15歳だった。小菅町にあった学徒動員先の三菱重工長崎造船所事務所で被爆し両腕を負傷。桜馬場町の自宅は破損したがどうにか暮らせた。ただしまきがなくて困った。「浦上の方に燃え残った建物がある」という話を聞き、大八車を引いて叔母とまき拾いに向かった。
晴天で暑かった。瓊浦中の表の坂道は、がれきが散乱して通れず、裏門に回った。倒壊した校舎や体育館は燃えていなかったため、手ごろな木材が見つかりそうだった。人影はなく、静寂に包まれていた。
そして、黒いかたまりを見つけた。「叔母さん、これ髪の毛ばい」「うん、髪の毛ね」。距離は約3メートル。たくさんの毛のようなものが絡まって丸まり、球状になっていた。風が吹くと前後にゆらゆら揺れる。気味が悪く、材木を確保してさっさと帰った。
あれから67年の歳月が経過するが、あの風景をふと思い出すことがある。「風が1カ所に集中して吹き付けていた。たくさんの遺体や被爆者から抜け落ちた髪の毛が、風で1カ所に集められたのではないだろうか」。そうだとすれば、あまりに恐ろしい光景だった。