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東日本大震災から1年 低線量被ばく 長崎大と福島 6 仮説 がん発症 定説に疑問 国家レベルの研究必要

2012/03/09 掲載

仮説 がん発症 定説に疑問 国家レベルの研究必要

放射線被ばくなどの影響で遺伝子に異常が起きた細胞が増殖を繰り返してがんになる-。これまで定説とされてきた発がんのメカニズムに長崎大大学院医歯薬学総合研究科付属原爆後障害医療研究施設(原研)准教授の鈴木啓司(51)が疑問を抱いたきっかけは、1986年のチェルノブイリ原発事故。ここで多発した小児甲状腺がんも、放射線が引き起こした遺伝子変異が原因と言われてきた。

「この定説を検証する、非常に重要な情報があります」。鈴木は同原発事故の影響を受けた小児甲状腺がん患者と、被ばくと無関係な小児甲状腺がん患者の具体的な遺伝子変異を比較した資料を取り出した。

チェルノブイリでは、放射線による遺伝子の傷を修復する際、誤った遺伝子の組み換えによって生まれると考えられた変異遺伝子「ret/PTC(レット・ピーティーシー)」が大半の患者から見つかった。やはり放射線による遺伝子損傷が異常な遺伝子を作り出し、がんにつながった-。そう思われた。ところが、被ばくと無関係な甲状腺がん患者集団も調べたところ、同じく高い割合で「ret/PTC」が確認されたのだ。

鈴木は「結論は明らか。『ret/PTC』は被ばく前から体内に存在していた。つまり小児甲状腺がんの原因遺伝子は放射線の有無にかかわらず、もともと体の中で生まれている。そう考えると定説は崩れる」と解説。新たな発がんメカニズムの仮説を展開した。

がんにつながる遺伝子変異をもった細胞は、自然に体内で生まれている。その細胞は日常、周囲の細胞と共に組織の一員としての役割を果たしている。だが、放射線被ばくなどの影響で周囲に大量の細胞死が起きると、そのすき間を埋めるように、がんの原因遺伝子をもった細胞が増殖する環境が整えられる。細胞死の規模が大きいほど、発がんリスクも高まるとの見方だ。

この仮説は検証中だが、次第にコンセンサスは得られつつあるという。「ある程度の細胞が死ななければ、がん細胞は増殖しないということ。そう考えると少しの被ばくでも危ないという主張はナンセンスだ。科学的に分かっていること、検証中のこと、分かっていないことを冷静に伝えるのが科学者の役割」

鈴木はそう力を込め、福島第1原発事故を契機とした国家レベルの放射線発がん研究の必要性を訴えた。=文中敬称略=