DNAの傷 高線量と違い随時修復 発がんメカニズムに新説
「これが実際の画像です」。長崎大大学院医歯薬学総合研究科付属原爆後障害医療研究施設(原研)の准教授、鈴木啓司(51)が示したスライドには、250ミリシーベルトの放射線(ガンマ線)をあてる前と、あててから1時間後、6時間後、12時間後、24時間後の細胞内の核の様子が映し出されていた。
DNAの傷(2本鎖切断)を示す赤い斑点は、1時間後が最も多く、その後は時間の経過とともに減少。傷の修復が進んでいくのが分かる。そして24時間後。斑点はかなり少なくなったが、放射線照射前に比べてわずかに多い。
続いて100ミリシーベルト。放射線の照射前と照射24時間後の画像を比べると、斑点の数に差は見られない。250ミリシーベルトでは修復が追いつかずに残る傷が出てくるが、100ミリシーベルトではほぼ全てを治せることが確認できた。鈴木は「修復能力には10%前後の個人差はあるが、治せない傷が増え始めるのは100ミリシーベルトよりも大きく、200ミリシーベルトとの間くらいではないか」とみる。
福島県は2月20日、福島第1原発事故から4カ月間に、周辺の浪江、川俣、飯舘3町村の約1万人が受けた外部被ばく線量(推計値)について、最大で23ミリシーベルト(原発作業員など除く)だったと公表した。鈴木は「福島の場合は低線量の慢性被ばく。そう考えると、DNAに傷ができても随時修復が入っていく」と冷静な判断を促す。
ただ、住民の健康への不安は消えない。仮にDNAの傷が修復されずに残った場合はどうなるのか。
これまでの研究成果では、DNAの傷口に集まってくるタンパク質の働きにより、最終的に細胞が死んでしまうことが判明している。長崎、広島の原爆被爆者に多発した脱毛や下痢といった急性放射線障害は、高線量被ばくによって発生した多くのDNA損傷に修復が追いつかず、細胞の大量死が組織崩壊を引き起こしたことが原因だ。
「不思議だと思いませんか?」。DNAの傷を修復できなかった細胞が死んでしまうのであれば、発がんはしないことになる。しかし、放射線被ばくと発がんの因果関係は原爆被爆者を見ても明らか。放射線がDNAを傷つけ、遺伝子変異が起きた細胞が異常増殖を繰り返してがんになる-。この発がんメカニズムの定説を覆す新たな仮説を、鈴木は語り始めた。=文中敬称略=