細胞 DNA損傷は線量に比例 年齢かかわらず 100ミリシーベルト以下も
長崎、広島の原爆被爆者を対象にした疫学調査で、放射線による健康影響の有無の判断が難しいとされる100ミリシーベルト以下のグレーゾーン。長崎大大学院医歯薬学総合研究科付属原爆後障害医療研究施設(原研)では、実際の細胞に放射線(ガンマ線)をあて、影響を調べる研究が実験室レベルで繰り広げられている。
「この赤い点の一つ一つがDNAに起きた2本鎖切断です」。同大准教授の鈴木啓司(51)=放射線生物学=は、原研の一室でスライドを示しながら語った。
黒い画面に満遍なく浮かび上がった青い楕円(だえん)。人間の細胞の核だけを蛍光顕微鏡で拡大した画像だ。楕円の中にいくつか散らばる赤い斑点が、放射線の影響を受けたDNAの損傷の中でも細胞に最も深刻な影響を与える2本鎖切断と呼ばれる傷だ。
放射線エネルギーの大小によって、傷の数に違いはあるのか。鈴木は線量別に放射線を一度にあて、傷の数を実際に数えてみた。
福島第1原発事故以降、住民の安全、危険をめぐって物議を醸した100ミリシーベルトの照射では、一つの細胞につき4カ所程度の2本鎖切断が起きていた。20ミリシーベルトでは約0・8カ所で、細胞10個のうち8個に1カ所ずつの傷ができた計算になる。
脱毛や下痢といった急性放射線障害がわずかに見え始める最低ラインに相当する250ミリシーベルトの照射では、一つの細胞に10カ所前後。急性、晩発性いずれの放射線障害も明確に増える千ミリシーベルト(1シーベルト)の照射では、一つの細胞に約40カ所だった。
年齢や性別が違っても傷の数に違いはなく、100ミリシーベルト以下の低線量の世界でも、線量に比例してDNAの傷の数が一定割合で増えていくことが分かった。それならば、DNAの傷による遺伝子変異が原因といわれる発がんリスクも線量に応じて高まるのか。「そんな簡単な話ではない」。鈴木はDNAにできた傷の行方を語り始めた。
約60兆個の細胞から成る人間のDNAは、放射線以外にもエネルギー産生と呼ばれる代謝の過程で、日常的に損傷と修復を繰り返しているという。原研によると、1日当たり10個に1個程度の細胞に2本鎖切断が発生。おおむね毎時0・1ミリシーベルトの放射線被ばくに相当する。
放射線に対し、人間が本来備えているDNAの修復能力は、どの程度まで耐えられるのか。鈴木が示した新たなスライドで全容が明らかになっていく。=文中敬称略=