長野県松本市長・医師 菅谷昭さん(67) 被ばくの影響 人生翻弄 データに表れない異変
1991年からチェルノブイリの汚染地帯で医療支援に参加。96年から5年半、ベラルーシの国立甲状腺がんセンターなどで小児甲状腺がんの外科治療に従事した。帰国後、長野県衛生部長を経て2004年から松本市長を務めている。
ベラルーシで甲状腺がんの手術をしたターニャという女性は、幼かった1986年、祖父母がいるホイニキ地区で被ばくした。チェルノブイリ原発から50キロ圏。ジャガイモの植え付けを手伝う母の傍らで毎日遊んでいたという。既に原発事故は起きていたが旧ソ連政府は隠し、市民は避難も防御もできなかった。ターニャは後年、甲状腺がんの闘病経験をばねに医学部に進学したが被ばくの影響で疲れやすく、ついに休学してしまった。事故は個々の人生を翻弄(ほんろう)し続けている。
チェルノブイリでは子どもたちの甲状腺がんが増えたが、当初、国際原子力機関(IAEA)は基本的に健康影響はないという見方だった。その後も増え続けたため認めざるを得なかったが、被害を過小に評価する傾向があった。
現在も「甲状腺がん以外に明確に確認される健康影響はない」などとされるが、現実は違う。現地で診察した被ばく者たちは、免疫機能が低下しウイルスに感染しやすく貧血もみられる。ほかにもさまざまな異変がある。チェルノブイリで何が起きたかはデータだけでなく現実を見なければ分からない。
事故時に0~5歳だった女児は25年が経過し、出産時期を迎えている。そしてこの10年、出生体重2500グラム未満の低出生体重児が増えている。被ばくとの因果関係は明らかではないが、何かが起きている。チェルブイリの影響は現在も進行中であり、真の被害を見詰めることが福島のこれからを考える上でもヒントになるだろう。
以前から、日本ではなぜ8月6、9日だけ核兵器廃絶を訴えて、それ以外は原発も含めて核問題をあまり取り上げないのか疑問だった。原発事故も原爆と同様の核被害であり、継続的に考える必要がある。一地方都市として機会を得ようと国連軍縮会議(27~29日)を松本市に誘致。開催が決まってから福島の原発事故は起きた。同会議2日目の全体会議「原子力の平和利用をめぐる喫緊の課題」では、チェルノブイリや福島への思いも込めてスピーチに臨む。