米国の苦悩 「テロと戦わなければ」
核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用について5年ごとに確認し、方向づける約190カ国加盟の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が、米ニューヨークの国連本部で続いている。今月上旬、会議に合わせて訪米した被爆者や非政府組織(NGO)関係者らは原爆の恐ろしさを伝え、国際的な連携を模索した。核兵器廃絶を目指す被爆者や市民の知恵、そして「核兵器なき世界」を掲げるオバマ大統領が指揮する原爆投下国の姿を見詰めた。
ニューヨークのペース大で開かれたシンポジウム「生存者の叡智」。2001年に世界貿易センタービルなどを襲った「9・11米中枢同時テロ」の際、消防士として被害に遭ったボブ・ナスバーガーさん(68)が舞台で真情を吐露した。
「目を閉じれば、まだ9・11に戻れる。今もテレビや映画で暴力的なシーンを見ると人間の知的な愚かさを感じる」
あの日、さまざまな物が空から降ってきたという。そして、上を向くとビルが「落ちてきた」。
「もう逃げ道はなかった。12秒で崩壊し、私は150フィートぐらい飛ばされ、手や顔が血だらけになった」。耳が聞こえなくなり、ストレスからくる心臓まひなど多様な症状に悩まされている。話す顔がゆがんだ。
パネリストは、ほかに長崎の被爆者、谷口稜曄さん(81)と下平作江さん(75)、同テロで消防士の息子を失ったナンシー・セメーさん(59)ら。
「核兵器は悪魔の兵器。同じ苦しみを他の人に味わわせたくない。愚かな戦争をなくして」-。被爆者は悲惨な体験を語る一方、核兵器の廃絶と世界平和を訴えた。
だが、ナスバーガーさんの発言はニュアンスが明らかに違っていた。
「私たちは新たな世界にいる。テロの世界だ。戦わなければならない」
米国は現在、イラク撤退への局面となっているが、アフガニスタンでは国際テロ組織アルカイダの掃討作戦が続いている。いわゆる「戦時下」。いつ、どこでテロが起きるか分からない緊張感が覆っている。実際、ニューヨーク中心部で1日夜に起きたテロ未遂事件は、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動」が犯行声明を出した。もし、核がテロ組織の手に渡り、使用されたとしたら都市壊滅など大規模な被害発生は必至だ。
シンポジウムの後、セメーさんは亡き息子の写真を手に静かに語った。「戦争は目的があって始めたはずなのに。戦争が進んでしまうと何のために戦っているのか分からないまま人がどんどん殺されていく」。単純に平和を語れない米国民の苦悩が浮かび上がった