核なき世界へ
 NPT準備委・訪米報告 上

被爆体験を語る森口貢さん=米、ミドルカレッジ高(田崎昇さん提供)

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核なき世界へ NPT準備委・訪米報告 上 世論 オバマ演説で光差す

2009/05/22 掲載

核なき世界へ
 NPT準備委・訪米報告 上

被爆体験を語る森口貢さん=米、ミドルカレッジ高(田崎昇さん提供)

世論 オバマ演説で光差す

二〇一〇年核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向け、ニューヨークの国連で開かれた準備委員会は核軍縮への議論を前進させて十五日(現地時間)閉幕した。オバマ米大統領が「核兵器のない世界」を追求すると宣言した四月のプラハ演説に被爆地の期待が高まる中、準備委に合わせて長崎から田上市長や被爆者らが訪米。核廃絶を願う被爆地の声を届けた。現地での表情を報告する。(報道部・下釜智)

静まり返った教室に「コン」と小さな音が鳴った。缶の上に落ちたのは一粒の金属の玉だ。一呼吸置き、今度は無数の金属球が「ザーッ」と激しい音を響かせた。目を閉じて耳を澄ませていた生徒たちは驚いたように息をのんだ。

六日、ニューヨーク郊外のロングアイランドシティ。ヒスパニックや黒人の生徒が多いミドルカレッジ高校で、長崎と広島の被爆者が原爆の惨状を収めた写真を手に体験を語った。金属球の初めの音は長崎、広島に投下された原爆の破壊力を、二度目の音は現在のすべての核兵器の破壊力を表現したものだという。同校での被爆講話をおぜん立てした米国の平和教育家らが、核の脅威を感性に訴えるため用いている手法だ。

長崎で被爆した森口貢(72)が話し終わると、一斉に手が挙がった。一人の生徒が尋ねた。「米国を憎んでいますか」

一九九八年以降、米国の学校で証言活動をしてきた森口は「必ず出る質問」と言う。「米国の市民に憎しみはない。原爆を投下させた戦争を憎む。一緒に戦争をなくそう」。森口がそう答えると、生徒たちは一様にうなずいた。

「原爆投下が戦争を早く終結させ、多くの米国民の命を救った」との歴史観が根強い米国。九五年にはスミソニアン航空宇宙博物館が計画した原爆展が、退役軍人らの猛反発で中止に追い込まれた経緯がある。米ギャラップ社の二〇〇五年の世論調査でも、原爆投下を「是認する」とした米国民が57%と依然、過半数を占めた。プラハ演説で「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任」に踏み込んだオバマを、米保守系紙は社説で「(原爆投下を決断した)トルーマン(大統領)の記憶への侮辱」と酷評した。

「米国でいつも感じることだが」と前置きし、森口は言う。「子どもたちは原爆投下の正当性しか教えられていないから、核兵器の非人道性を理解していない。だから被爆の写真をぼうぜんと見ている。受けるショックは日本の子どもより大きい」

オバマ政権下で「原爆投下正当論」の世論は変わるのか。米国人で広島平和文化センター(広島市)理事長のスティーブン・リーパーは否定的見解だ。「オバマ氏も米国の『神話』を責めることはしないだろう」。一方で、こう強調する。「米国でも核兵器は必要ないという世論が過半数との調査結果がある。未来に向かって語り合えば、核廃絶で一致できる。その点で被爆者の言葉は重い」

教室を後にした森口らの元に一人の女生徒が駆け寄ってきた。平和をイメージしたという自作のペーパークラフトをお礼に手渡し、こう言った。「また来てください」。原爆投下正当論は根強い。高齢化した被爆者にとって時間は差し迫り、直接訴える機会がどれだけあるか分からない。それでも森口は「原爆投下支持の世論は変えられる。核兵器は廃絶できる」と、かすかな光を感じている。(文中敬称略)