国よ、償え
 =原爆と東京大空襲= 7(完)

厚生労働省が入るビル=東京・霞が関

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国よ、償え =原爆と東京大空襲= 7(完) 政治判断 官僚「社会保障」に固執

2006/08/04 掲載

国よ、償え
 =原爆と東京大空襲= 7(完)

厚生労働省が入るビル=東京・霞が関

政治判断 官僚「社会保障」に固執

「韓国人より在留邦人が先だ。おれは最後まで反対するぞ」。昨年六月の日韓首脳会談を前に、厚生労働省の幹部は何度もそう繰り返した。

首脳会談二カ月前の四月。日韓外相会談に臨んだ当時の外相、町村信孝は、竹島(韓国名・独島)の領有権問題などで悪化した関係を改善するため、韓国人被爆者が現地の公館を通じて被爆者援護法に基づく健康管理手当を申請できるよう提案。頭越しに急きょ飛び出した「制度改正」に、援護法を所管する厚労省は激しく反発していた。

厚労相だった尾辻秀久も会見で「在外被爆者は韓国だけではない。いろんな国にいるので、扱いは平等にしなければならない」と述べた。論理性のある主張とも取れるが、厚労省は“時間切れ”を狙っていた。

外務省は韓国だけでなく、在外被爆者がいる三十数カ国で態勢を整える必要に迫られた。手当申請に必要な医師の診断書をどうするかや事務手続きの細部を詰め切れず、首相の小泉純一郎は首脳会談で「在韓被爆者支援は可能な限り進める」としか述べられなかった。
厚労省が在外被爆者援護に消極的なのは、「国家補償」につながる可能性があるからだ。援護法は「国内の地域福祉のための社会保障で国家補償ではない」との建前があり、在外被爆者への援護を拡充すればするほど、それが崩れていく。

旧厚生省は一九七四年七月、在外被爆者を援護から切り捨てる「四〇二号通達」を自治体に出したが、二〇〇二年十二月の大阪高裁判決は在外被爆者の手当受給権を認めた。厚労省の官僚は上告の方向で検討していたが、厚労相を務めていた坂口力は「わたしはわたしで考えている」と述べ、政治判断で上告を断念。だがこのときも「人道的見地からの措置で国家補償が前提ではない」と建前を守った。

昨年七月、日韓首脳会談を乗り切った厚労省に、長崎、広島両県市が在外被爆者による手当の海外申請を認めるよう要望したが、にべもない対応だった。

しかし、二カ月後の九月、韓国人被爆者による手当と葬祭料の海外申請を認める福岡高裁判決が下された。首相官邸と外務省は即座に好意的な談話を出し包囲網を敷いたが、厚労省は抵抗した。「誤報にならなきゃいいけどね」。上告断念の裏付け取材に幹部は苦々しげに言った。

尾辻の政治判断による上告断念。援護法政省令の改正で海外申請は実現したが、判決で指摘された国家補償は「見解が異なる」としてまたも認めなかった。

「彼らは法律なんかより自分たちが出した通達なんかの方が上だと思っているんだよ」。厚労省に影響力を持つ与党首脳は言った。被爆者と一般戦災者が国家補償を勝ち取るための最大の壁は、脈々と受け継がれる官僚の「遺伝子」かもしれない。そして、その遺伝子に変異をもたらすのは政治のリーダーシップにほかならない。(文中敬称略)