不可能への挑戦 言葉の裏側 心を表現
「ピカッ ドーン」
松尾幸子さん(71)の被爆体験記を英訳していた活水高の平和学習部の生徒たちは、原爆投下の瞬間の片仮名表記をどのように訳せばいいのか、頭を抱えた。
瞬間をイメージ
原爆の恐ろしさを端的に伝え、ずっと語り継がれてきた言葉だが、英語の辞書に見当たらない。苦肉の策として、「PikaDon」のローマ字表記を当てることにした。
三月初め、生徒たちは、被爆体験記の英訳を数多く手掛けた長崎総合科学大のブライアン・バークガフニ教授(54)を訪ねた。
「『ピカッ ドーン』では、原爆投下の瞬間を外国人はイメージできない」。教授は、生徒たちが訳した英文を読んでこう言い切り、そしてヒントをくれた。「外国人が直感的に爆発の瞬間を思い浮かべるためには、比喩(ひゆ)を使うのが効果的」。生徒たちの表情がパッと明るくなった。
「A brilliant light flashed suddenly」(突然、とても明るい光が走った)「Followed a few seconds later by a thunderous explosion」(しばらくすると、雷のような爆発音がした)
こうして、「ピカッ ドーン」はクリアできたが、最大の難関は、松尾さんの被爆直後の心境を表現した「涙が出なかった」の一文だった。
「I could not cry」
心境を深く理解
生徒たちは、松尾さんとの面談で知ることができた言葉の裏側の気持ちを付け加えてみることを思いついた。
「Because I was exposed to risk and feared for my life」(自分の命も危険にさらされ、恐れおののいていたからだ)
「被爆者本人もうまく表現できない、想像を絶する体験を言葉にする作業。被爆者、読者双方の気持ちになれたのが素晴らしい」。教授は、松尾さんの心境を深く理解していた生徒たちを褒めた。
教授は、日本人による被爆体験記の英訳作業を「不可能への挑戦」と例える。教授自身、「どんなに学んでも、母国語の英語を美しい日本語に置き換えることはできない」と思うからだ。
そして、生徒たちにこうエールを送る。「長崎原爆のことを世界に伝える作業は進んでいない。皆さんの『不可能への挑戦』は難しいけれど、とても意義あることだ」