翻 弄 矛盾を重ねる制度
長崎市深堀町の荒木長三郎さん(91)、ハルヨさん(93)夫妻は六十年前の「あの日」、爆心地から直線距離で約十キロ離れた同町の高台で爆弾がさく裂した様子を目にした。「海を隔て、真っ正面から爆風を受けた。きのこ雲が立ち上った様子は本当に怖かった」と、二人で顔を見合わせる。
二人とも三年前から被爆体験者として医療給付を受けるようになった。ハルヨさんは心臓病やぜんそくを抱え、週に二、三回、近くの病院に通っている。だが、六月からの制度見直しで自分の病気が医療給付の対象外にならないか、気が気でない。
「もう年を取って、どの病気があてはまるか、説明を聞いても、よく分かりません。先生には相談してみますが…。でも、手続きが難しいと自分たちではできないし、あきらめるしかないかも…」
制度の見直しで、六月以降どのように変わるのか―。
まず、これまでの「被爆体験者医療受給者証」はいったん失効。受給者証を持つ約九千人は、新しい「被爆体験者精神医療受給者証」の交付手続きをあらためて行うことになる。「半径十二キロ以内」から「県内」に居住要件が緩和されることに伴い、新たに対象となる約千二百人も同様の手続きを取る。
県と長崎市はできるだけ早期に、合計約一万人の審査を終了する予定だが、審査時期による不公平を避けるため、その間の医療費の自己負担分はいったん支払い、後に請求する「償還払い」となる。
対象者には、交付申請までの金銭負担も大きい。精神科医の意見書(五千円)に加え、合併症に関する主治医の病状報告書(有料)が必要。県と市は、意見書の提出回数見直しと病状報告書の費用軽減を国に働き掛けているが、改善のめどは立っていない。
「年金で細々と暮らしている年寄りいじめ。償還払いの手続きも煩雑で大変。ぬか喜びでした」。新たに対象となる旧西彼三和町の男性(68)は、ため息交じりに話す。
ひたすら待った揚げ句の肩透かしの内容。「県外」に暮らす被爆体験者約千二百人は今回も対象から外れた。国の制度は矛盾を重ね、被爆地を翻弄(ほんろう)する。「とにかく、お上のすることはよう分からん」
「被爆体験者精神医療受給者証」の交付までの流れ (1)保健師の面接調査(被爆体験と心的外傷後ストレス障害などの精神症状の有無検査)(2)精神科医による診断と意見書交付(対象精神疾患と治療を要する合併症の診断)(3)受給者証の交付申請(4)医療費支給(受給者証に記載された疾患に限る)(5)受給者証の更新(年1回、精神科医の診断必要)