舟越耿一さん 時代に合わせ語り直す
新学期が始まったばかりのある日、中国の反日デモについて学生に聞いてみた。「中国が悪いと三分の二の学生が言う。強硬なのは『なぜ中国にペコペコするんだ。今こそ自虐史観を払しょくせよ』と主張するんですよ」
一方、長崎原爆に関する講義の教室の隅で、何やらつぶやいている学生がいた。「感想文を見ると、『原爆は自業自得』と書いてあった。中国人留学生でした」
学生の意見に時代の変化を感じる。「百年の歴史でとらえず、現在の事象だけ見ている。『やられたらやり返す』。人間はそんな原始的な報復論を克服してきたはずなのに」
憲法九条は、原爆投下への「報復」を否定し、恒久平和を誓った。「憲法草案にかかわったGHQ(連合国軍総司令部)さえもが広島、長崎を二度と現出させてはならない、と本気で考えていた。学生たちには、そう説いてきたんだが…」
非武装をうたった憲法九条と自衛隊という戦力が微妙な力の均衡を保った冷戦時代を経て、報復の論理を加速させたのが二〇〇一年九月の米中枢同時テロ―とみる。そして、北朝鮮による日本人拉致事件が続いた。
「学生たちは『自分の家族がテロに遭ったり、拉致されても報復しないのか』と問い、『やられたらやり返せ』と平気でいう。六十年もの間、戦争は二度としないと誓い続けたその思いは、いったいどこへ行ったのか」
国会の憲法調査会報告を「九条を含め、改憲の基本線がはっきり出た」と分析し、護憲へ方策をこう提起する。「まず、憲法改正には国民投票がある。一人一人が今の平和憲法をどう守り通すのか、一票の重みを考えさせる戦略が重要」とし、こう続ける。
「『戦争は駄目だ』と語り続けるのは大切だが、昔の時代設定では説得力を持たない。イラク戦争、拉致問題―。今の時代に合わせ、われわれは語り直す必要がある。その上で、戦争は二度としない国の方針を変えずにいようと、訴えるのだ」
それでも、日本が攻撃されたり、他国の戦争に加わるような場面が現れるかもしれない。
「戦争回避の外交能力を発揮し、どこまでも非軍事的解決を追求すべきだ。私たちが六十年かけて築き上げた平和意識の民度が試されている」
▽ふなこえ・こういち 長崎大教育学部教授、2003年に開設された同大平和多文化センター長。専門は法律学。教育問題や被爆二世団体でつくる市民グループ「市民運動ネットワーク長崎」にもかかわる。59歳。