世界は 「希望」 テロ機に暗転
一九九五年に長崎市長に就任した伊藤一長(58)。被爆地長崎の「顔」となって、今年十回目の夏を迎えた。核兵器廃絶への光がみえた二十世紀の末と、これに反する暴力と報復の連鎖で幕を開けた二十一世紀に、被爆地はどう立ち向かってきたか。平和行政の軌跡をたどり、来年に迫った被爆六十周年への課題を探る。
「大きく言えば、前半には期待や希望を抱かせる出来事があり、逆に、後半は失望や怒りを感じる出来事ばかり続いた。非常に起伏に富んだ十年間だった」
元長崎大学長の土山秀夫(79)は「核問題の十年」をこう総括する。
前半―。伊藤が市長に就任した一九九五年、核拡散防止条約(NPT)の「無期限延長」が決まった。当初、この無期限延長は、五カ国による核保有体制を固定、永続させるもの―と反発を呼んだ。
しかし、無期限延長と抱き合わせで決まった「再検討過程の強化」は、二〇〇〇年のNPT再検討会議で「保有核兵器の完全廃棄を達成する明確な約束」としていったん結実する。土山は「保有国が渋々同意した再検討過程の強化を、中堅国家による包囲網で実際の成果に結びつけたことは評価されていい」と話す。
しかし、この「希望」は、翌年の米ブッシュ政権誕生を境に暗転していく。「政権の中枢を支えるチェイニー(副大統領)、ラムズフェルド(国防長官)らネオコン(新保守主義)一派にとって、核政策の見直しは、もともと十年来の宿願。米中枢同時テロでその宿願に大義名分が与えられてしまった」(土山)
米国防総省は〇二年八月、「核兵器による先制攻撃も辞さない」とする「国防報告」を公表。同十二月には大統領自らが「国家安全保障戦略」で同趣旨の方針を明らかにした。
昨年五月には、爆発力五キロトン相当以下の小型核兵器の研究・開発を禁止した「ファース・スプラット条項」の廃止に上下両院が同意した。「米国は『テロとの対決』の一語で、国際社会の核軍縮への努力を踏みにじり続けている」。土山は憤りを語る。
今年四月、ニューヨーク。伊藤は、来年の再検討会議に向けた最後のステップとなるNPT再検討準備委員会で「二〇〇〇年の約束は忘れ去られたのか」と訴えた。だが準備委は見るべき合意のないまま、幕を閉じた。
来年の再検討会議で議長を務めるブラジルの軍縮担当大使、セルジオ・ケロス・ドワルテが三十一日、長崎を訪れた。懇談の席で「再検討会議が実りある会議となるよう、お力添えをお願いしたい」と話す伊藤に、ドワルテは「状況は好ましいと言えない。締約国が一丸となって最善の努力をしなければならない」と硬い表情で答えた。(文中敬称略)