もどかしさ かみ合わない議論
来年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、核兵器廃絶に向けた進展を会議場の内外に働き掛け、二〇二〇年までに核兵器の全廃を求める緊急行動「2020ビジョン」への協力を求める―。
長崎市長の伊藤一長が副会長を務める国際非政府組織(NGO)「平和市長会議」にとって、今回のNPT再検討会議準備委員会は、核保有国、核疑惑国に対するロビー活動を展開する貴重な機会でもあった。伊藤らはこうした国々の政府代表部などとの接触の機会を精力的に探った。
だが―。四月二十七、二十八の二日間で会談できたのは核保有国五カ国のうち米国、中国と、一九九八年に核実験を強行したインドだけ。残る核保有国のロシア、英国、フランスとは面会の約束さえ取れなかった。NPT未加盟で、インドと同じく九八年に核実験を実施したパキスタンの政府関係者とも会えなかった。
ロビー活動の成果自体も満足のいくものではなかった。最初に訪れたインド政府の国連代表部では、早速“核保有の論理”に直面した。
「NPTは、五カ国だけに核保有を認める不平等条約。現実にはいくつもの国で核開発が進み、私たちの安全は脅かされている。インドにとって、自国の安全保障のために核兵器は必要だ」
約三十分間の会談で、同代表部のビジャイ・ムンバイ大使は、緊急行動を訴える伊藤の声をよそに、理路整然と自国の正当性を主張した。インドもまた、隣国のパキスタンと同様、NPTには加盟していない。
「核実験を強行したときから、全く言い分が変わっていない。結局は核抑止論なのだ」。会談後、伊藤はため息交じりに言った。
三十日、伊藤は首都ワシントンに足を延ばした。「被爆者は無念を引きずったまま、一生を終えなければならないのか。広島、長崎に来て被爆の実相に触れ、被爆者の魂の叫びを聞いてほしい」。ブッシュ大統領への親書を携えてホワイトハウスを訪れ、被爆地の悲願を訴えた。
だが、米国務省高官との会談後、伊藤の声は弾まなかった。「話題は北朝鮮。北朝鮮を含む北東アジア非核地帯創設の話には関心を示していたが、肝心の米国自身の核軍縮については多くの時間を割けなかった」
被爆地の思いと各国の論理はすれ違い、最後までかみ合わなかった。「悲観はしないが、もどかしい」。伊藤は繰り返すばかりだった。(文中敬称略)