援護に国境なし
 =李康寧さん控訴審勝訴= 下

「ケロイドが残る体こそが被爆した証人」。被爆者健康手帳の申請のため来日した韓国人被爆者、鄭台植さん(右)=6日、長崎市筑後町の県教育文化会館

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援護に国境なし =李康寧さん控訴審勝訴= 下 残る課題 法の下、完全な平等を 「終着駅」なき闘い

2003/02/09 掲載

援護に国境なし
 =李康寧さん控訴審勝訴= 下

「ケロイドが残る体こそが被爆した証人」。被爆者健康手帳の申請のため来日した韓国人被爆者、鄭台植さん(右)=6日、長崎市筑後町の県教育文化会館

残る課題 法の下、完全な平等を 「終着駅」なき闘い

広島で被爆した鄭台植(チョンテイシク)さん(61)=韓国原爆被害者協会副会長=は、李康寧(イカンニョン)さんの福岡高裁判決を前に五日、戦後初めて日本の土を踏んだ。李さんの支援とともに、被爆者健康手帳を申請するためだ。

両親を既に亡くし、手帳取得に必要な証人はいない。それでも、日本政府が手帳を持つ在外被爆者に健康管理手当を支給する方針に転じたのを知り、申請を決意した。

だが今回、審査期間が必要なこともあって手帳は交付されなかった。交付を受けるため、再び来日しなければならない。鄭さんは憤った。「右半身にケロイドが残る私の体が証人だ」

同協会に加入する約二千二百人のうち、鄭さんのような手帳未取得者は約千二百人いる。さらに、協会未加入の被爆者数は三千人とも推定される。こうした人たちが手帳を取得し、手当を受給・更新するためには健康診断、申請が必要。そのたびに日本に来て手続きをしなければならない。

自国で手当が支給されるようになっても、手続きのための来日が前提では、それもままならない高齢者らは取り残される。これには行政側からも不満の声が聞かれ、広島市原爆被害対策部の職員は「順番がちぐはぐ。だから、円滑な運用に至らない」と漏らす。

同市には今年に入って、数十人単位で手帳申請のための書類が韓国から届いているという。同協会の李廣善(イガンソン)会長は「手続きのために数千人が来日するより、日本から担当者を派遣した方が効率的」と指摘する。

「現地での医療」。日本から遠いブラジルや米国の被爆者のこの願いは、さらに切実。年老いた被爆者が二十時間以上もの日本への長旅に耐えられないからだ。

「自分が住む国で治療を受けたい。望みはそれだけだ」。李さんと同種訴訟を闘う在ブラジル被爆者協会の森田隆会長(78)は今月、南米に派遣された広島、長崎両県の医師団に窮状を訴えた。

李さんの裁判を支援してきた平野伸人さんは「在外被爆者訴訟で、李さんと郭貴勲(カクキフン)さんが地裁、高裁でそれぞれ勝訴し、国の責任を明らかにした」と強調。その上で「被爆者援護法の下で、完全に平等な援護を受けるという判決の精神を生かすまで、闘いの終着駅はない」と言い切る。