争点なき判決 在外全体の道開くため 係争中裁判「時効の壁」
「郭裁判の駄目押しですね」―。七日の福岡高裁判決直後、李康寧・広瀬方人裁判を支援する会の高實康稔共同代表は、笑みを見せた。
「争点なき判決」。昨年末、韓国人被爆者の郭貴勲さんの大阪高裁勝訴で、出国後における手当支給の是非を争う要素は消えた。郭さんが求めた国家賠償も、李さんの控訴審では健康管理手当不支給の違法性を明確にするため、もともと訴状に上げなかった。
流れは決まっていた。それでも、残された在外被爆者全体の問題解決に道を開こうと、李さんは判決を受け取った。
判決直後の集会。「手当支給は揺るぎない。判決は、来日要件と自治体への援護行政の委託を明確な論理で批判。国の責任を真っ正面から認めた」。原告代理人の龍田紘一朗弁護士は、こう評価した。一方で「大阪高裁は大阪府に支払いを命じた。相反した判例の統一を求め、国が上告する口実にもなりかねない。断念を迫る重大な運動はこれから」。
「私と郭さんの裁判で、在外被爆者五千人の命が救われる。私の生涯で一番心に残る仕事になった」。李さんは顔を紅潮させ、二度目の勝利にほおをぬらした。
「韓国に戻ると、またたくさん仕事が出てくる」。幼少時に被爆し、証人がいない人、被爆者健康手帳や手当受給資格を持っていない人…。「日本政府が残された問題に道を開く大きな恵みを与えてこそ、私たちは被爆の痛みを癒やせるはず」
一方、係争中の五件十二人の在外被爆者訴訟は、まだ予断を許さない。国の在外被爆者に対する手当支給方針に、五年という「時効の壁」が立ちはだかるからだ。
長崎市若草町の元高校教諭で被爆者の広瀬方人さん(72)も、原告の一人。日本語教師として中国に赴任した一九九四年七月から一年間、不支給の手当返還などを求めて長崎地裁に提訴、三月十九日に判決を迎える。時効をめぐる初の判断が注目される。
「私の場合、時効と併せ国家賠償が問題となる。究極的には国の戦争責任を明確にすることになり、援護法に国家補償的意味を認めた今回の判決の心を(戦争責任を認めさせる)行動に移すだけだ」。広瀬さんは自分に言い聞かせるように語った。
援護法に詳しい広島大の田村和之教授は「時効は法律上の五年であり、三十年以上も違法行政を続けた方が問題」と断じる。
「(李さんの勝訴は)大きな一歩だが、課題は広がった。判決を出発点に、世界五千人の在外被爆者救済を国に迫る運動がますます重要になってきた」。龍田弁護士の言葉に、皆うなずいた。