平和へのメロディー 2

青空に向かって「青い空は」を歌う退職女性教職員県連絡協議会のメンバー=長崎市松山町、平和祈念像前

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平和へのメロディー 2 退職女性教職員県連絡協議会 青い空は 黒い雨でなく青空を

2002/07/24 掲載

平和へのメロディー 2

青空に向かって「青い空は」を歌う退職女性教職員県連絡協議会のメンバー=長崎市松山町、平和祈念像前

退職女性教職員県連絡協議会 青い空は 黒い雨でなく青空を

「反核9の日」座り込み。被爆者たちが長崎市の平和祈念像前に集まって、黙々と粘り強く座る。

今月九日、退職女性教職員県連絡協議会の彼女たちも、いつものように集まり、腰を下ろした。

一年前から「青い空は」(小森香子作詞、大西進作曲)を、この場で歌うようになった。皆、元教師ということもあり、歌声には自信がある。
「私たちなりの平和への表現方法なんです」。西川和子さん(71)は始めた動機を振り返る。西川さんは必ず、手話を交えて歌う。ろうあ者問題にも取り組んでいるからだ。

「手話では平和と平等は同じ表現なんです」。七歳から八年間、南京で暮らした。日本人が中国人を虐げていた時代。だが何も感じなかった。軍事教育によって”洗脳”されていた。

自分が教育者になってみて、ぞっとした。「命の重みは世界中どこでも同じ。差別が戦争を生み、戦争がまた差別を生む。すべての国から戦争の火を消し、平等が当たり前になったとき、初めて平和が訪れる」

歌詞にはそのことがしっかりと刻まれている。だから歌う。

青い空。それは、青いままであってほしい。元山寿恵子さん(71)は、歌い出しが一番気に入っている。「でも、今日の青い空は本当に平和の青空なのか」。最近、よく自問自答する。

米国の臨界前核実験、有事法制、非核三原則見直し発言…。被爆地長崎の感情を逆なでする出来事が、次々と起きているからだ。

「座り込みも歌もちっぽけで、無力かもしれない。でも、何もしないことは平和運動を放棄すること」

原爆がさく裂した時、元山さんは長崎市片淵の自宅にいた。山へ必死に逃げた。光がない太陽が見えた。夕方かと錯覚した。「あんな経験は自分たちだけで十分」

二〇〇〇年、米ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所の核実験研究所に行った。そこでヒマワリの種をまいた。長崎、広島を合わせた原爆犠牲者の数約二十万粒を。

「ヒマワリは太陽に向かって咲く花。平和のシンボルでしょ。あの時、毎日降り続いた黒い雨ではなく、子どもたちに澄み渡った本当の青い空を見せてあげられたらなあ」