切り捨て 線量推定方式の限界
長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決は、原爆症認定に関する放射線起因性の証明に「高度の蓋然(がいぜん)性」を求めた。「相当程度の蓋然性で足る」とした高裁判決より、認定基準を厳しくとらえた。支援者たちは松谷英子さんの勝利にわく一方、「その部分は後退だ」と不安を漏らした。
厚生労働省は昨年五月、原爆症認定の新たな審査方針をまとめた。疾病の放射線起因性の証明に「高度の蓋然性」を求め、被ばく線量推定方式DS86に依拠して疾病ごとに算出した「原因確率」を導入。これ以降、原爆症の認定率は低下し、被爆者たちの不安は的中した。
同省健康局総務課は「目安を機械的に適用するのではなく、総合的な判断をしている」と説明する。一方、実測線量とのずれが指摘されるDS86は、放射線影響研究所(放影研)が現在、見直し研究を進めている。
被爆者医療に長年携わる長崎市の山下兼彦医師は「推定方式に限界があるのは仕方ない。DS86を見直しても、個々人の被爆状況が千差万別である以上、完全な線量推定はあり得ない」と話す。大事なのは「被爆直後の急性期症状、その後の既往症といった被爆者の状態と、推定線量を総合的に検討し、判断すること」と強調する。
「総合的な判断」という言葉遣いは厚生労働省と同じだ。が、山下医師は「同省は最高裁判決の読み方を間違っている。素直に読めば、認定行政を転換せざるを得ないはずだ」と語る。松谷さんの主治医でもある同医師の主張はこうだ。
判決は、高度の蓋然性が必要、とした上で松谷さんの勝訴だった。だが、DS86を当てはめる認定審査だったら、被爆距離二・四キロの松谷さんは確実に却下される。
原因確率を当てはめようにも、松谷さんの疾病は規格外で、同省は確率表さえ作っていない。あえて算定したとしても10%未満だろうから認定基準には全く届かない。そんな松谷さんを最高裁は原爆症と認めたのだ。
山下医師は「判決は、松谷さんの疾病でさえ高度の蓋然性がある、と読むべき。現状の審査は切り捨て行政。この制度は本来、被爆者救済であるべきだ」と指摘する。
メ モ
DS86の見直し 日米の研究者が進めている。事務局となる放影研の平良専純副理事長は「今秋にはめどが立つ。DS86の小さな手直しとなるか、『DS02』と改称されるような内容になるかは、日米合同の評価委員会の判断次第」と説明。被ばく線量は、爆心からの距離だけでなく、その人がいた場所や地形によっても変わるが「それらも極力勘案したものになる」という。