新たな〝根拠〟 心理面の不安 浮き彫り
長崎大医学部付属原爆後障害医療研究施設の原研内科。血液の病気を専門に被爆者を診てきた朝長万左男教授は長年、ある疑問にとらわれてきた。
診察の際、被爆者が見せる特徴に「訴えの多さ」がある。被ばく線量の多少や、実際の疾病の有無にかかわらず、あらゆる病気の兆候に神経をすり減らし、絶えず「健康」に不安を抱えていた。
このため医師は、相手への教育や説明といったカウンセリングに時間を費やす。内科治療ではなく、まず対話がある。「それで患者が納得するわけではない。同じ対話を何年も繰り返している」
この疑問を朝長教授が、中根允文・精神神経科教授と話し合ったのは今から七年前。「被爆者医療は、体の治療だけでなく、心理面を含めて考えないと解決しないのではないか」
同大の研究者らが集まり一九九四年、被爆者の心身両面の健康度を探る初の調査を実施。 被爆者の精神的健康度の低さが示唆された。参加した三根真理子・同大医学部助教授は「今後、より本格的調査が必要だと思った。ただ、こういう視点が、地域拡大運動の足掛かりになるとは想像もしなかった」と話す。
同年暮れ、厚生省(当時)はある決定を下した。「残留放射能による健康影響は認められない」。被爆地域拡大を求める長崎市と県が提出した「残留放射能プルトニウム調査報告書」に対する、国の答えだった。
翌九五年は、被爆五十年の節目。未指定地域住民の高齢化は、行政を焦らせた。県議会と長崎市、関係六町の各議会は地域是正を求める意見書、決議を相次いで採択した。だが、放射線の影響を、国が求める「科学的根拠」の形で提示する策は、前年却下されたばかり。「国の決定を覆す何か方法はないのか、探していた」(伊藤一長・長崎市長)。
被爆者を心身両面からケアする試みは市も導入。その状況は九七年の「被爆者健康調査報告書」にまとめられた。ここでも、被爆者が体の病気だけでなく、心理面の「不安」も抱え、苦しんでいる実態が浮き彫りになった。市原爆被爆対策部の中に、「同じ状況が未指定地域でも起きているのではないか」という推測が芽生えた。