救済の光 被爆の実態、症状を重視
長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決は、一審、二審に続き、原告の松谷英子さん(58)の障害と原爆放射線の因果関係を認めた。原告弁護団団長の横山茂樹弁護士は「松谷さんだけではなく、すべての原爆症認定でも、被爆の実態や病気の進行、今の状態を明らかにすれば、救済する方向で考慮したと考えられる」と最高裁の判断を評価する。
最高裁判決は、松谷さんの頭のけがについて「広範な損傷があり、(爆風で頭を直撃した)かわらの打撃以外の要因もあるとみられる」「放射線を相当浴びたために、重篤になったと認められる」などと判断。これまで国が絶対的な尺度としてきた被ばく線量推定方式「DS86」を「未解明な部分を含む」と疑った。
横山弁護士は「最高裁はDS86よりも、松谷さんの被爆の実態、症状を重視した。今後、原爆症認定を求めるには被爆の実態を正確に立証することが重要だ」と指摘する。
ただ、障害と放射線との因果関係の立証について、二審は「相当程度のがい然性(可能性)があれば足りる」としたが、最高裁は「高度のがい然性が必要」とより厳格な判断を示した。原爆症認定を申請する側にとって、最高裁判決は二審よりも“後退”とみられる部分を残したと言える。
「被爆から長い年月がたち、放射線との因果関係を全面的に立証するのは難しい。被爆者の立場を理解してほしかった」と不満を示す横山弁護士。全国で原爆症認定をめぐる裁判は、一審で原告勝訴した京都など三件が係争中。そんな中での最高裁の判断は軽くない。「だが松谷訴訟は、被爆と傷病の具体的事実を明確にすれば、原爆症認定を勝ち取れることを証明した。『高いがい然性』が、それを阻むほどのネックになるとは考えていない」と横山弁護士は強調する。
司法がよりどころのなさを指摘したDS86に、厚生省は固執し続けた。松谷訴訟の控訴審で、専門家の立場から「DS86の推定値は、遠距離になれば実測値と懸け離れる」との意見書を提出した名古屋大学名誉教授で物理学者の沢田昭二さんは「厚生省は、被爆者の実態を考えようとしてこなかった」と明言する。
「松谷さんの脱毛などは、放射線を帯びた砂じんや飲食物を取り込んだ体内被ばくの影響もあったとみられる。なのに厚生省は、残量放射線をほとんど考慮しないDS86を機械的に当てはめることに終始した」。被爆者を体内からむしばむ放射線の影響を無視した厚生省に、沢田さんは今も批判の目を向けている。
司法が被爆者の苦しみを考慮し、救済に光を注いだ被爆五十五周年の夏。「被爆者全体の勝利」と歓喜した松谷さんの言葉を、いかに形あるものにするか。今後が問われている。