判決の意義 認定基準見直しに期待
長崎原爆で被爆し障害を負った長崎市深堀町一丁目、松谷英子さん(58)が、国の原爆症認定申請却下処分の取り消しを求めた「長崎原爆松谷訴訟」。十八日の最高裁判決で、原告側の勝訴が確定。松谷さんは司法判断で原爆症と認められた。固く、重かった原爆症認定の「扉」を押し開いた原告団と支援者。判決の意義と、被爆者行政に与える影響を取材した。
「爆心地から二キロ以遠でも、放射線障害があるのが証明された。これから申請したいと申し出る人がいれば、助け合っていきたい」
松谷さんの勝訴が確定した十八日、原告弁護団や支援者が長崎市内で開いた記者会見。長崎原爆被災者協議会の葉山利行会長は今後、国の原爆症認定の基準が見直されるように大きな期待を込めた。
松谷さんは三歳のとき、爆心地から二・四五キロで被爆。原爆の爆風で飛んだかわらが頭部を直撃、右半身がまひした。これまでは、爆心地から二キロ以内でなければ、ほとんど原爆症と認定されていないのが実情。だが最高裁は、松谷さんの障害が「原爆の放射線に起因していると考えることも可能」とし、一、二審同様、放射線との因果関係を認め、松谷さんを原爆症と判断した。
裁判終結までに要した歳月は約十二年。その間も、松谷さんは障害に苦しみ続けた。ただでさえ歩行はままならないというのに「最近はちょっとしたことで転ぶようになった」(松谷さん)。被爆者の健康の悩みは年々深刻化する。しかし、国は裁判で終始一貫、「松谷さんに放射線の影響はない」とかたくなな姿勢を崩さなかった。
被ばく線量推定方式「DS86」。国が盾にしてきたのは、爆心地からの距離を基準とするこの尺度だった。「DS86を当てはめれば、遠距離被爆者である松谷さんの推定線量は低く、身体に影響の出る値(しきい値)に達していない」という論理だ。
しかし、最高裁は判決で「(DS86を)機械的に適用した場合には、松谷さんの症状は十分説明できない」と、国のよりどころを揺るがした。松谷さんは遠距離被爆者なのに、脱毛など急性放射線障害が起こった。その理由を説明する論拠を国は持たない。司法はそう結論づけた。
認定制度の見直しを迫られた国。しかし、厚生省の保健医療局企画課は「一般論として、個別の判決によって認定制度そのものを見直すとは考えにくい」とし、原爆症認定を松谷さん個人のケースにとどめる姿勢をのぞかせる。
DS86に基づく推定線量では影響を受けないはずの被爆者の中に、放射線の影響とみられる傷病で、いまなお苦しんでいる人は少なくない。一方で、長崎市原爆被爆者対策部援護課によると、同市内で一九九九年度末現在、原爆症と認定された被爆者は三百九十七人で、市内被爆者の〇・七%にすぎない。しかし、山口俊一郎同課長は「松谷訴訟の勝訴確定で、今後申請が増える可能性がある」とみている。