国内外の巨石文化の研究・保全活動に取り組んでいる「日本巨石文化研究所」(熊本市)の武内一忠所長(77)が、長崎県五島市で石や岩に盃(さかずき)状に彫られた「盃状穴(はいじょうけつ)」について調査し、3カ所の神社で確認した。
武内所長は海洋民族と巨石文化の関連性を研究。1992年、熊本県南小国町の押戸石山丘陵の巨石群で約4千年前の岩石に刻まれた文字を発見し、アメリカ岩石芸術学会で発表した。巨石文化の痕跡を調べ、海洋民族の移動や文化交流の実態解明を目指している。
武内所長によると、盃状穴は拳ほどの大きさ。西日本を中心に、水源のほか神社の境内、石灯籠の台石、手水鉢、石段、石橋などの岩で多く見られる。子宝や安産、豊作などを願う目的で彫られたと考えられ、古代の風俗や信仰を示す貴重な民俗資料という。
武内所長は2、3日に五島市富江町内の3カ所で盃状穴の有無を調べた。天満神社の鳥居礎石では、平たい玄武岩で複数見つけ、近くの分祠(ぶんし)入り口の基礎石や別の神社境内の石段でも確認した。各地点で穴の形状や大きさ、周辺環境、直径、深さ、表面状態を観察し、写真撮影してデータを収集した。
武内所長は「神社が建立される前に存在していた祭祀(さいし)のためのドルメン(支石墓)に盃状穴が刻まれたのでないか」と推測。「独特の石文化や鬼伝承が残る五島は対馬海流の入り口にあり、日本海洋史で重要な役割を果たしてきた。調査を古代文化や信仰の解明に役立てたい」と意欲を語った。
武内所長は海洋民族と巨石文化の関連性を研究。1992年、熊本県南小国町の押戸石山丘陵の巨石群で約4千年前の岩石に刻まれた文字を発見し、アメリカ岩石芸術学会で発表した。巨石文化の痕跡を調べ、海洋民族の移動や文化交流の実態解明を目指している。
武内所長によると、盃状穴は拳ほどの大きさ。西日本を中心に、水源のほか神社の境内、石灯籠の台石、手水鉢、石段、石橋などの岩で多く見られる。子宝や安産、豊作などを願う目的で彫られたと考えられ、古代の風俗や信仰を示す貴重な民俗資料という。
武内所長は2、3日に五島市富江町内の3カ所で盃状穴の有無を調べた。天満神社の鳥居礎石では、平たい玄武岩で複数見つけ、近くの分祠(ぶんし)入り口の基礎石や別の神社境内の石段でも確認した。各地点で穴の形状や大きさ、周辺環境、直径、深さ、表面状態を観察し、写真撮影してデータを収集した。
武内所長は「神社が建立される前に存在していた祭祀(さいし)のためのドルメン(支石墓)に盃状穴が刻まれたのでないか」と推測。「独特の石文化や鬼伝承が残る五島は対馬海流の入り口にあり、日本海洋史で重要な役割を果たしてきた。調査を古代文化や信仰の解明に役立てたい」と意欲を語った。