「殺人しようと思ったことはない。死んでくれたら楽だな、とは思った」
祖母=当時(91)=をあやめた罪に問われた孫の男(37)の声が、法廷に静かに響いた。認知症の祖母の介護を担い、精神的に追い詰められて及んだ凶行。たった1人で介護を続けた理由を裁判で問われ、男はつぶやいた。「自分が介護するってばあちゃんと約束したから」
昨年5月、島原市内の自宅で祖母を殴るなどして殺害した男に対し、長崎地裁は今月6日、執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。事件当時、男が精神障害を発症していたことを踏まえた判断だった。公判で男は犯行に至った経緯を供述。検察側、弁護側双方の立証を通じ、男が精神的に追い詰められていった経緯が浮かび上がった。
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幼い頃に両親が離婚。母が女手一つで、姉と男を育てた。「母を少しでも楽にさせよう」と、定時制高校に通いながら働いた。約15年前に祖父母と母との4人暮らしが始まった。
生活が一変したのは6年前。母が病気で倒れ、半身まひに。男は仕事を辞め、介護に専念した。「母子家庭で育ててもらったので、それを返そうと思った」。結婚した姉も様子を見に来たが、「姉ちゃんは子育てをちゃんとせないかんやろ」と気遣い、助けは借りなかった。
3年前、母が他界。実の娘を失った祖母の悲嘆は大きく、泣くことが増え、布団で寝転がってばかりになった。次第に足腰が衰えて歩けなくなり、認知症も進行。祖父母の介護が、男にのしかかった。
祖父の供述調書によると、男は文句を言わずに引き受けた。男は当時の思いを法廷で語った。「助けてくれたので(恩を)返そうかな、と。最期まで付き合おうと思っていた」
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介護を巡る家族間の殺人事件が社会問題化して久しい。背景に何があるのか。どうすれば防ぐことができるのか。島原市の事件の経過をたどりながら考える。
◎「祖母に悪魔みたいなものが…」 孤立、ストレスの果てに
食事の世話、おむつ替え、排便の後始末-。
男(37)は祖母=事件当時(91)=の世話に追われた。祖母はおむつを勝手に外し、男の名前を忘れた。足腰は衰え、ハイハイで動くようになった。膝を擦りむいて血だらけになったが「バレーボール用のサポーターを買ってあげたら、それは良かった」。法廷で介護の様子を振り返る男の語り口は柔らかかった。
だが、男は次第にストレスをため込んでいく。用事もないのに何度も呼び付けられ、夜中に起こされることもあった。祖母は食事を与えてもすぐに忘れ、繰り返し食事を求めてきて、男が拒むとののしった。「ぼけてるからしょうがない。でも、介護自体はするけど、何のためにするのかと疑問を持つことがあった」。それでも男は介護を続けた。義務感や使命感に「がんじがらめにされていた」。
男が介護サービスを利用することはなかった。選択肢として考えてはいたが、「日々忙殺されていて、考える余裕がなくなっていた」。様子を見に来た姉が市役所に相談することを提案したが、「母ちゃんも見てきたし、ばあちゃんは自宅で死にたいと言っている」と返した。
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事件の約1カ月前の昨年4月上旬、祖母の頭を、男は初めて殴った。食事は済んだのに繰り返し要求してきて、「ごはんも食べさせん人殺し」とののしられたのが理由。男はこの頃から急に眠くなることが増えた。体に異変が生じていた。
事件2日前の4月29日ごろ、男は奇妙な行動を取り始める。裸で町中をうろついたり、神社のさい銭箱に財布を投げ入れたり…。後に行われる精神鑑定で、この時期に男が「急性一過性精神病性障害」を発症していたことが分かる。鑑定人は介護負担や社会的孤立、慢性的な寝不足などのストレスが誘因と指摘した。
5月1日、事件当日。男は夜明けに裸で寺を訪ね、衣服を求めた。「はっきりとした記憶がない。突然、恥ずかしい、家に帰ろうと思った」。夕方には、いつもと同じように祖父母に夕飯を用意した。
祖母はこの日も繰り返し食事を求め、男をののしった。男は当時の状況について記憶にあいまいな部分があるとした上で、こう供述した。
「祖母に悪魔みたいなものが乗り移ったように感じた。説明しづらいが、目に見えないもの、気持ち悪いものがこびりつく恐怖心みたいなものがあった」
男は祖母の顔面を複数回殴り、さらに上半身を足で複数回踏み付けるなどして殺害。死因は外傷性ショックだった。男は公判で後悔の言葉を口にした。「どんな精神状態であれ、起こしてしまったことは重大。厳しく裁いていただければと思っている」
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今月6日、長崎地裁が男に言い渡した判決は懲役3年、保護観察付き執行猶予5年。精神障害が大きく影響したとしつつ、怒りなどの正常な精神作用も残っていたとして心神耗弱状態だったと認定した。
潮海二郎裁判長は、判決理由をこう述べた。
「母に引き続き、認知症の祖母を1人で献身的に介護していたが、頻繁に暴言を吐かれ、ついに怒りが爆発した。介護に疲れてストレスを抱え、睡眠不足にも陥ったのであり、動機・経緯に関して大いに酌むべき事情がある。(周囲に)相談するのは必ずしも容易ではなく、男の精神的負担は大きい。再犯の恐れが少ないことなどを考慮し、刑の執行を猶予する」
男が犯した「許されざる罪」。しかしそれは、周囲が介入していれば、防ぐことができた事件だったかもしれない。
男は裁判長を見据え「はい」と返事をした。大きくはないが、傍聴者の耳にしっかりと届く声だった。