「坂の街」として全国に知られる長崎市。人口減少や高齢化に伴って空き家や空き地が増える一方、斜面地の景観などを生かし、時には楽しみながら、価値を見いだそうと活動する人たちがいる。個人や団体、企業に焦点を当て、活性化のヒントを探る。
「何、この景色」
長崎港を見下ろす長崎市・稲佐山の中腹。車が入らない階段と坂道の途中に1軒の住居兼カフェがある。2019年に栃木県から移り住んだ赤坂建史朗さん(63)、伸子さん(61)夫妻が営むギャラリーカフェ「燈家(あかりや)」(江の浦町)。移住の決め手は斜面地の景観と、そこに息づく人の暮らしだった。
「何、この景色」。18年に旅行でJR長崎駅に降り立った伸子さんはすり鉢状の地形に住宅が立ち並ぶ長崎市の町並みに圧倒された。観光地に向かう道すがら、住宅地横の日当たりの良い場所に墓地があり、朝から掃除する人に「おはようございます」と声をかけられた。それまで墓地は郊外にあるものと考えていた伸子さんにとって「生活の一部なんだ」と新鮮な驚きだった。
たまたま相談し…
熊本県出身のデザイナー建史朗さんと、神奈川県出身で広告やイベント企画の仕事をしていた伸子さんは東京で出会い、1989年に結婚。「大型犬が飼いたい」と栃木県那須塩原市に住まいを移したが、建史朗さんが大病し療養が必要になったことをきっかけに、暖かな気候の場所で暮らすことを考え始めていた。
そうした時期に旅行で訪れた長崎市。たまたま県の移住相談窓口に立ち寄ったことが2人の人生を大きく変えることになる。市の移住相談窓口の担当者とやりとりをする中、移住を考え始めた伸子さんはこう切り出した。「斜面地に住みたいんです」
明かりがともる
2019年春、建史朗さんと伸子さんが市の空き家バンクで紹介されたのは稲佐山中腹にある江の浦町の一軒家だった。
木造平屋で築60年以上。近くに住む高齢女性の実家だが、10年以上空き家だった。「4姉妹、ここから嫁に行ったのよ。壊すのもしのびなくて」。女性の言葉に「いいなと思って」住むことを決めた。
19年10月末に引っ越してきた2人。カフェを開くことを決め、数カ月かけて自分たちで部屋を改装。20年4月にギャラリーカフェ「燈家(あかりや)」をオープンした。店名には「父の家に明かりがともってうれしい」という女性の言葉や、長崎の夜景を彩るのは一軒一軒の明かりとの思いを込めた。
エストニアからも
店内は10席ほどの広さだが、おしゃれな内観や、景色を楽しみながらゆったりと過ごせる雰囲気に、県内だけでなく、県外から「長崎ファン」が定期的に来店。インターネットの検索サイトに寄せられた口コミも高評価らしく、バルト3国のエストニアから旅行客が訪れたこともあった。「普通の観光地ではなく、人の暮らしが息づく場所に魅力を感じている旅行客も多い」(伸子さん)。燈家はそうした魅力を共有し合える場にもなっている。
「『階段とか大変でしょ』ってよく言われるんですけど、上っている途中で振り返った時に広がる景色を見る楽しさを知ったら」と笑顔で話す伸子さん。斜面地への愛があふれ出る。
日の当たらないワンルームから
23年度の長崎市への移住者数は528人(前年度比41人増)。うち約4割が「斜面市街地」に住まいを構えた。赤坂さん夫妻のように景観が気に入って移住した人も少なくない。
「長崎の斜面地、最高」。横浜市出身の品川正之介さん(33)は長崎市に移り住み、初めて迎えた朝が忘れられない。斜面地にあったシェアハウス。鳥のさえずりで目が覚め、窓を開けると目の前に町並みと青空が広がり感動を覚えた。
それまで東京で会社員をしていたが、日の当たらないワンルーム暮らし。大学生の時に国際交流のサークル活動で訪れた長崎市で多文化共生の歴史とストーリーに引かれ、いつか住んでみたいと心に決めていた。
20年2月にIT系スタートアップ企業を辞めて移住。約1カ月後にユーチューブチャンネル「長崎暮らし」を開設し、「よそもん」の目線で長崎の魅力を発信するようになった。
斜面地をポジティブに
「長崎暮らし」で紹介するのは日常の風景。階段の途中にいる地域猫や古民家のリノベーションなど斜面地での暮らしの楽しみ方も発掘している。市の「住みよかプロジェクト」協力事業者にも認定された。
充実した日々。品川さんはにこやかにこう語る。
「満員電車に1時間半以上揺られて通学したのに比べ、20~30分の階段の上り下りはむしろお金がかからないし、健康的。斜面地をポジティブに捉えたら、長崎はもっと面白くなる」
「何、この景色」
長崎港を見下ろす長崎市・稲佐山の中腹。車が入らない階段と坂道の途中に1軒の住居兼カフェがある。2019年に栃木県から移り住んだ赤坂建史朗さん(63)、伸子さん(61)夫妻が営むギャラリーカフェ「燈家(あかりや)」(江の浦町)。移住の決め手は斜面地の景観と、そこに息づく人の暮らしだった。
「何、この景色」。18年に旅行でJR長崎駅に降り立った伸子さんはすり鉢状の地形に住宅が立ち並ぶ長崎市の町並みに圧倒された。観光地に向かう道すがら、住宅地横の日当たりの良い場所に墓地があり、朝から掃除する人に「おはようございます」と声をかけられた。それまで墓地は郊外にあるものと考えていた伸子さんにとって「生活の一部なんだ」と新鮮な驚きだった。
たまたま相談し…
熊本県出身のデザイナー建史朗さんと、神奈川県出身で広告やイベント企画の仕事をしていた伸子さんは東京で出会い、1989年に結婚。「大型犬が飼いたい」と栃木県那須塩原市に住まいを移したが、建史朗さんが大病し療養が必要になったことをきっかけに、暖かな気候の場所で暮らすことを考え始めていた。
そうした時期に旅行で訪れた長崎市。たまたま県の移住相談窓口に立ち寄ったことが2人の人生を大きく変えることになる。市の移住相談窓口の担当者とやりとりをする中、移住を考え始めた伸子さんはこう切り出した。「斜面地に住みたいんです」
明かりがともる
2019年春、建史朗さんと伸子さんが市の空き家バンクで紹介されたのは稲佐山中腹にある江の浦町の一軒家だった。
木造平屋で築60年以上。近くに住む高齢女性の実家だが、10年以上空き家だった。「4姉妹、ここから嫁に行ったのよ。壊すのもしのびなくて」。女性の言葉に「いいなと思って」住むことを決めた。
19年10月末に引っ越してきた2人。カフェを開くことを決め、数カ月かけて自分たちで部屋を改装。20年4月にギャラリーカフェ「燈家(あかりや)」をオープンした。店名には「父の家に明かりがともってうれしい」という女性の言葉や、長崎の夜景を彩るのは一軒一軒の明かりとの思いを込めた。
エストニアからも
店内は10席ほどの広さだが、おしゃれな内観や、景色を楽しみながらゆったりと過ごせる雰囲気に、県内だけでなく、県外から「長崎ファン」が定期的に来店。インターネットの検索サイトに寄せられた口コミも高評価らしく、バルト3国のエストニアから旅行客が訪れたこともあった。「普通の観光地ではなく、人の暮らしが息づく場所に魅力を感じている旅行客も多い」(伸子さん)。燈家はそうした魅力を共有し合える場にもなっている。
「『階段とか大変でしょ』ってよく言われるんですけど、上っている途中で振り返った時に広がる景色を見る楽しさを知ったら」と笑顔で話す伸子さん。斜面地への愛があふれ出る。
日の当たらないワンルームから
23年度の長崎市への移住者数は528人(前年度比41人増)。うち約4割が「斜面市街地」に住まいを構えた。赤坂さん夫妻のように景観が気に入って移住した人も少なくない。
「長崎の斜面地、最高」。横浜市出身の品川正之介さん(33)は長崎市に移り住み、初めて迎えた朝が忘れられない。斜面地にあったシェアハウス。鳥のさえずりで目が覚め、窓を開けると目の前に町並みと青空が広がり感動を覚えた。
それまで東京で会社員をしていたが、日の当たらないワンルーム暮らし。大学生の時に国際交流のサークル活動で訪れた長崎市で多文化共生の歴史とストーリーに引かれ、いつか住んでみたいと心に決めていた。
20年2月にIT系スタートアップ企業を辞めて移住。約1カ月後にユーチューブチャンネル「長崎暮らし」を開設し、「よそもん」の目線で長崎の魅力を発信するようになった。
斜面地をポジティブに
「長崎暮らし」で紹介するのは日常の風景。階段の途中にいる地域猫や古民家のリノベーションなど斜面地での暮らしの楽しみ方も発掘している。市の「住みよかプロジェクト」協力事業者にも認定された。
充実した日々。品川さんはにこやかにこう語る。
「満員電車に1時間半以上揺られて通学したのに比べ、20~30分の階段の上り下りはむしろお金がかからないし、健康的。斜面地をポジティブに捉えたら、長崎はもっと面白くなる」