認知症の母への思いを詩につづってきた長崎市の詩人・児童文学作家、藤川幸之助さん(59)が、初のエッセー集「母はもう春を理解できない 認知症という旅の物語」(harunosora)を刊行した。昨年から手掛けてきた「絵本 こどもに伝える認知症シリーズ」(クリエイツかもがわ)は5月に、全5巻の発行が完結。藤川さんは「母との関係性の中で生み出されたものは、これで全て出し切った」と感慨を深くしている。
熊本県に住んでいた藤川さんの母は60歳の時に認知症の診断を受け、2012年9月に84歳で亡くなった。藤川さんは母と向き合う中で感じた命の尊さ、親子の絆などへの思いを詩として発表。本紙でも06年7月から13年3月まで「母のうた」を連載した。
エッセー集では、母が変調を来し始めてから亡くなるまでの出来事を書き連ねた。これまでは介護の経験などから湧き上がる感情や気付きを詩の形で表現してきたが、そのベースとなった「家族の物語」が詳しく紹介されており、詩作の輪郭を鮮明にしている。
藤川さんの詩は介護に悩む人たちに共感を広げ、全国から講演依頼が相次いだ。エッセー集を出したのは、新型コロナウイルス感染拡大で講演会の中止を余儀なくされ、詩の背景などを直接伝える機会が減ったことがきっかけだったという。
「認知症の母との24年間は生きづらい日々の連続だったが、振り返れば、その中にこそ人生の喜びと味わいがあった」と藤川さん。「コロナ禍の中で生きるとは、人を愛するということはどういうことなのか、と考えた人は多かったのではないか。この本が読んだ方の人生を見つめ直す一助になれば幸い」と話す。
一方、若手画家4人と組んだ書き下ろしの絵本シリーズは「認知症を伝える」のではなく、「認知症で伝える」ことをコンセプトにしている。認知症の人や家族、周囲の人の思いやり、つながりから認知症を学ばせ、差別や偏見を乗り越えながら、子どもたちの中に想像力、観察力、洞察力、共感力を育むことを目指しているという。元小学校教諭である藤川さんのこだわりの詰まった作品と言える。
セルロイドの人形を自分の子どもと思ってお世話するおばあちゃん、自分や家族の名前が書かれた手帳を何度も読み返して確認するカラスのおじいちゃん-。孫の視点で語られる絵本に登場する祖父母には、藤川さんの母の姿が投影されている。
「認知症というものを理解するには病の知識だけでは不十分。認知症の人とじかに触れ合い、自分の中に生じるさまざまな感情を知ることも大切」と藤川さんは指摘。「絵本の中で仮想体験し、主人公と感情を共有してもらえたら」と話している。