凶器の言葉

長崎新聞 2024/08/07 [10:00] 公開

「胸」や「脳」という字をよくよく見れば、凶事の「凶」が潜んでいる。人の胸や脳は時に、凶器のようにとがった言葉の隠し場所にもなるらしい▲それを心の内にとどめるぶんには、とがめ立てされることもない。凶器のような言葉を発し、皆が群がるのを喜ぶとなれば話は別だろう。パリ五輪の出場選手を心ない言葉で中傷する投稿が、交流サイト(SNS)で後を絶たない▲金メダルを狙った柔道女子52キロ級の阿部詩選手が負けると「弱すぎる」。泣き崩れると「見苦しい」。阿部選手は「情けない姿を見せてしまい申し訳ありません」とSNSで謝罪した。いや、させられたに等しい▲陸上競歩で団体種目に専念するため個人種目を辞退した選手にも、なじる言葉が浴びせられた。匿名という藪(やぶ)の中から個人攻撃の矢を放つ仕業に、思わず顔を曇らせる▲日本オリンピック委員会は、侮辱や脅迫といった行き過ぎた投稿には「通報や法的措置も検討する」と声明を出した。匿名の藪に紛れ、凶器を隠し持つ者の“やりたい放題”を改める一歩だが、くまなく目を光らせるのは困難という課題も残る▲阿部選手は兄の一二三選手の「まだまだこれからだ。一緒に頑張ろう」という言葉で、前を向く気持ちになったという。雲間に青空をのぞき見た思いがする。(徹)