【インタビュー】長崎で「母と暮せば」上演 富田靖子さんと松下洸平さん、劇団こまつ座・井上代表 「作品を後世に」

2024/08/30 [11:22] 公開

初の長崎公演で訪れた(左から)こまつ座の井上代表、キャストの富田と松下=長崎市魚の町、市民会館文化ホール

初の長崎公演で訪れた(左から)こまつ座の井上代表、キャストの富田と松下=長崎市魚の町、市民会館文化ホール

大きい写真を見る
原爆投下から3年後のナガサキを描いた劇団こまつ座の舞台「母と暮せば」が今月、長崎県内では初めて長崎市など4市で上演された。原爆で命を落とした息子が亡霊となって母の前に現れる2人芝居。母・福原伸子役の富田靖子と息子・浩二役の松下洸平、作品の原案を構想した作家の故井上ひさしの娘でこまつ座代表の井上麻矢に作品への思いを聞いた。

 -長崎公演は2021年8月に予定されていたが、コロナ禍のため中止となった。

 松下 公演前日の夜、長崎のホテルに着いて荷物を下ろしたタイミングで中止を聞いた。仕方ないと思い、歩道橋の上から路面電車を眺めた。
 富田 洸ちゃん(松下)は初演(18年)の前に役作りのために長崎を訪れている。私は再演(21年)前に長崎を見て回り、迷子にもなった。舞台のセットも組んでいたのに…。

 -それから3年を経て長崎公演がかなった。

 富田 3年前、長崎の皆さんに見ていただくところまでちゃんとできているのかという疑問があり、舞台に立つ怖さはあった。今回は、とにかく稽古場で作り上げたものを見ていただくことだけを考えた。
 松下 浩二と同じような体験をして、命からがら逃げて来た方もいらっしゃると思うと、生半可な気持ちではできない。

 -原爆の熱線を浴び「熱か、熱か」ともだえながら浩二が死ぬ場面は衝撃的だった。

 松下 何万人もの人が「あれ」で亡くなった。悲惨な状況をあえて、演出家の栗山さんが言う「噓のない世界」で見ていただくことによって、忘れられない光景として残ればと全身全霊でやっている。

 -笑いを散りばめ、親子の絆を描いたヒューマンドラマのようにも映る。

 松下 お母さんのことが大好きだからおばけになって出てきた。二人の関係が伝わらないとだめだと思い、試行錯誤しながらやっている。大切な人を失っても、その人たちがちゃんと近くで見守ってくれていることが実感できる、安心感が伝わるいい作品だと思う。
 富田 初演、再演、再々演と(伸子の)キャラクターが少しずつ変化した。そんな面白さを残しつつ、100年たってもこの作品を誰かが演じてくださるように、つなぐことを考えて演じている。観客には、福原家に来るような気持ちでお芝居を見てほしい。男性だったらお母さんを思う息子の気持ち、女性だったら息子を失う気持ちに共感したり、何か強く心に残ったりするシーンがあればすごくうれしい。

 -井上ひさしは核兵器を「人間の生きる勇気と誇りとを台無しにする悪魔の贈り物」などと表現していた。

 井上 父は「自分は物書きで活動家ではない。書くことによって核の恐ろしさを伝える使命がある。それは人間らしい仕事なんだ」とよく言っていた。父の作品である「父と暮せば」「紙屋町さくらホテル」などにも核に対する言葉が入っていて、それをスタッフのみんなが引き継いで「母と暮せば」がある。
 こまつ座には「母と暮らせば」を含む、長崎、広島、沖縄を題材にした「戦後“命”の3部作」がある。亡くなった人たちから受け継いだものを次世代にちゃんと伝える役目がある。3部作はずっと続けていきたい。

◎「母と暮せば」

 井上ひさし原案で山田洋次監督がメガホンを取った同名映画(2015年)を基に、こまつ座が作・畑澤聖悟、演出・栗山民也で舞台化した。「父と暮せば」(1994年)、「木の上の軍隊」(2013年)と共に「戦後“命”の3部作」と呼ばれる。今年は井上ひさし生誕90年、こまつ座第150回公演として7月から8月末にかけて大阪、九州・沖縄、東京で上演している。