【寄稿】「トランプ氏と核兵器」「暴君」と手を結ぶべきか 山口響

長崎新聞 2025/03/03 [12:00] 公開

トランプ米大統領の下で世界の核情勢がどう動いていくのか不安を持っている人は少なくないはずだ。
 核兵器を減らしていく上でトランプ氏のリーダーシップに期待する向きもあろう。つい先日も、米国・ロシア・中国間での核軍備管理協議と、三国の軍事費を半分にするよう呼びかけがなされたばかりだ。2月19日には「(核兵器の)威力はあまりに巨大だ。広島や長崎を見てほしい」とも語っている。
 他方でトランプ氏には、内政・外交の両面において、自らの意に沿わない勢力や気に入らない政策を叩きつぶす「暴君」ぶりが目立っている。 イスラエル・ガザ地区間の武力紛争を停戦に導くことに成功し、次いでロシア・ウクライナ戦争もやめさせようとしている動きの表層だけ見れば、トランプ氏は平和主義的である。
 しかし、これには、ガザ地区住民をいったん移住させた上で米国がガザを経済開発し「復興」させる提案や、停戦介入と引き換えのウクライナに対するレアアース提供要求など「米国ファースト」の条件が付帯している。
 米国自身がその原因の一部となっている他者の窮状につけ込むこうしたマッチポンプ的手法は、むき出しの帝国主義以外の何ものでもない。
 また、行政スリム化の一環として「国家核安全保障局」の一部職員をいったん解雇しながら、すぐに雇い戻そうとしたドタバタぶりからも、トランプ政権が核兵器の問題を深刻に捉えているようには見えない。
 では、こうしたトランプ新大統領に対して被爆地はどう向き合うべきだろうか?
 「トランプ氏には長崎を訪問してほしい」という呼びかけは相も変わらず繰り返されている。しかし「被爆の実相を見てほしい」ぐらいのことなら誰にでも言えるだろう。それ以上の言葉を私たちは果たして持っているか。
 「『広島や長崎を見てほしい』という貴殿の発言には心を打たれた。被爆の実相についてよく理解されている」「米ロ中で軍備管理を進めようとしているのは素晴らしい」とトランプ氏を褒めたたえ、彼が「暴君」であると知りつつ、固い握手を取り交わすのか。
 それとも、「あなたのような暴力的なやり方で世界を変えることは、私たちの原則的な立場とは異なっている」とはっきり述べるのか。仮にそのことでトランプ氏の機嫌を損ね、核軍縮が遠のくことになったとしても。
 先行きが不確実だからこそ、被爆地は自らの依って立つ原則を常に自覚しておかねばならない。

 【略歴】やまぐち・ひびき 1976年長与町出身。「長崎の証言の会」で被爆証言誌の編集長。「長崎原爆の戦後史をのこす会」事務局も務める。長崎大学等非常勤講師。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。