「愛」という字は

長崎新聞 2020/02/07 [11:22] 公開

 よく見聞きする言葉だが、字源をたどったのは初めてだった。「愛」という字は、後ろを見てたたずむ人の形に「心」を加えたものだという。漢字の成り立ちを読み解く「常用字解」(白川静さん著、平凡社)に教わった▲立ち去ろうとして後ろに心が引かれる人の姿を表している。その心情を愛といい、「慈しむ」の意味になったらしい▲亡き家族に寄せる愛を分かろうとする様子は、まるっきりうかがえない。相模原市の知的障害者施設で、入所者ら45人が殺傷された事件の公判は10回を数えた。元職員、植松聖被告(30)は自己正当化の言葉を繰り返す▲先ごろの公判で、事件時に60歳だった姉の命を奪われた男性が「なぜ」と問えば、「社会の役に立つと思った」と答えた。誰かを慈しむ一片の「心」も見当たらない▲かつて国が障害者に不妊手術を強いた旧優生保護法やハンセン病の問題は、能力で命を選別する「優生思想」が底にあった。その思想が事件に影響したという指摘がある。そうだとすれば、問題の根は限りなく深い▲「愛し」と書いて「いとし」と読む。これを「かなし」と読めば「その人のことが気になって胸がつまる感じ」を意味すると、古語辞典にあった。被告の心無い発言に触れるたび、ご遺族の胸にどれほど「愛(かな)しさ」が募るだろう。(徹)