刑の一部執行猶予中に再犯を起こした長崎市の薬物依存症の男性(38)について、刑務所出所者らを福祉につなぐ「県地域生活定着支援センター」(諫早市)と県が連携し、捜査・公判段階から関与して更生を支援するモデル事業に初めて取り組んだことが分かった。
司法と福祉の連携が始まって10年。累犯障害者・高齢者が刑務所を出た後に福祉につなぐ「出口支援」や捜査・公判段階から関与する「入口支援」は全国的に広がってきたが、薬物依存症者の入口支援は全国でもまだ少ない。新たな「長崎モデル」として注目されそうだ。
関係者によると、男性は2018年2月、長崎市内でシンナーを所持したとして逮捕・起訴され、長崎地裁が同年4月「社会内での処遇が再犯防止に必要」として刑の一部執行猶予判決を言い渡した。この時は定着支援センターが単独で支援した。
男性は今年4月、刑務所を出所。依存症の回復施設「長崎ダルク」(同市)でリハビリ生活を始めたが、8月、佐世保市内でシンナーを所持したとして再び逮捕・起訴された。
弁護人から連絡を受けたセンターが県と協議。県は法務省の「地域再犯防止推進モデル事業」(2018~2020年度)に取り組んでおり、薬物犯罪の再犯防止も重点に置いていることから連携して「入口支援」を試行することにした。
同センターの伊豆丸剛史所長と県の保健師が二人一組で拘置所などで男性に複数回面会。伊豆丸所長は弁護側証人として公判にも出廷した。県など関係機関が男性の社会復帰を支援する「確約書」を裁判所に提出し証拠採用された。
弁護側は再度の一部執行猶予判決を求めたが、長崎地裁佐世保支部は10月、男性に懲役1年8月(求刑懲役2年)を言い渡し、確定した。
伊豆丸所長は「依存症の累犯者の更生には息の長い回復支援が欠かせない。男性は数年後には必ず社会に戻ってくる。彼の再出発を支える応援団が『待っているよ』と捜査・公判段階から目に見える形で伝えられた意義は大きい」と効果を話す。県は「第二、第三の事例があれば、今後も『入口支援』を試行したい」としている。
■「孤立の病」更生へ模索 高い再犯率 専門機関と連携が鍵
長崎県内の薬物依存症の男性が一部執行猶予中に起こした薬物事件で、県地域生活定着支援センター(諫早市)と県が連携し初の「入口支援」に乗りだした。「孤立の病」とも言われる薬物依存症。どうやって社会復帰を支援するか。関係者の模索が続く。
佐世保市の拘置所。同センターの伊豆丸剛史所長と県精神保健福祉センター(長崎市)の女性保健師は、薬物依存症で再犯を繰り返す男性(38)=懲役刑確定=と面会を重ねた。
男性は県外出身。困難な家庭環境で育ち、10代のころシンナーに手を出した。シンナーを吸って「ハイになっている」時だけ孤独がまぎれた。刑務所への入出所を重ね、就労や社会生活の経験はほとんどない。いつしか刑務所が男性の「帰属地」になっていた。
伊豆丸所長と保健師は、男性が逮捕されてから数回面会し、裁判も毎回傍聴。刑務所を出た後、どうやって立ち直っていくか具体的に話し合った。男性は「一人じゃないと思うと心強い。これまではいつも投げやりだった。社会とつながって生きていきたい」と話したという。
「入口支援」を初めて経験した保健師は「刑務所に入る前から支援者と人間関係を築くことで本人の回復への意欲が高まると感じた」と手応えを語る。県は、県内の各保健所とノウハウを共有し薬物依存症の回復支援施策に生かす方針。
今回男性は「個人的な事情」で長崎ダルクを退所した日に再犯を起こした。弁護士によれば、ダルクに通っている間は一度も薬物に手を出さなかったという。判決後、長崎ダルクの中川賀雅(よしまさ)代表に男性から手紙が届いた。出所したらまたダルクに戻りたいと書かれていた。
中川代表は「何度でも回復を支援したい。彼の問題はシンナーを吸うという行為ではなく、生き方や孤立の問題。世の中では再犯は失敗と受け止められるが、病として見れば『再発』は珍しいことではない。依存症は刑務所では治らない」と強調する。
薬物犯罪の再犯率は60%超で高止まり状態が続く。刑務所や保護観察所が再犯防止に向けたプログラムなどを実施しているが、期間が限られており、社会内でいかに継続的な回復支援態勢を整えるかが課題となっている。藤本哲也中央大名誉教授(刑事政策学)は「『入口』の段階で更生に向けた環境を整える長崎の試みは画期的。全国的なモデルになる可能性がある。専門的な医療機関とどう連携していくかが成否の鍵になる」と話す。