国の事業に採択されたスマート農業の実証実験が佐世保市で始まっている。人工知能(AI)などの最先端技術を活用し、省力化や大規模生産、品質向上を目指す次世代農業。高齢化や離農による人手不足が業界の足かせとなる中、“救世主”となるのか注目される。針尾地区を中心とするJAながさき西海させぼ広域かんきつ部会の取り組みや、スマート農業の可能性などについて取材した。
細い山道を抜けると、目の前には温州ミカンの畑が広がった。実証実験が始まった佐世保市針尾地区。木と木の間にある装置が土壌の渇き具合を数字で示していた。「昨年は干ばつで苦労した。最先端の技術でどれだけ管理できるようになるか楽しみ」。全国果樹研究連合会かんきつ部会副会長の田中芳秀さん(56)は、まだ色づいていない果実を見渡しながら語った。
◆アプリで確認
農家は高品質なミカンづくりを目指す。きめ細かい作業が欠かせず、気候や天気など日々変動する環境の中で、長い年数をかけて培った技術やノウハウが求められてきた。
実証実験では、土壌の水分量を数値化する装置を設置。測定値に応じて畑に張り巡らしたチューブからかん水するため、自分で散水する手間が省ける。情報通信技術(ICT)を活用し、農地で蛇口をひねらなくてもスマートフォンの専用アプリでかん水を制御。自宅にいながら土壌の管理ができるようになる。
品質を左右する生育期は管理を徹底。産地ではこれまで生育期の果実の甘さ(糖度)や酸っぱさ(酸含量)を測定し、データを蓄積してきた。これと気象情報などのデータを合わせ、新たにAIが収穫段階の甘さなどを予測。的確な営農指導を受け、品質向上につなげる。
◆気象ロボット
病害を防ぐことも欠かせない。南北に長い佐世保地区は、農地によって雨量や気温に差があり、農地に適した生産環境が品質向上の鍵となる。気象ロボットが精密な気温の推移を蓄積。データを分析して防除剤を散布するタイミングを教えてくれる。
「収穫後の労力を減らすことができれば、規模拡大につなげられる」。田中さんが特に期待するのが、家庭での選果作業の省力化だ。
農家にとって選果作業の負担は大きく、県農林技術開発センターによると家庭で選果に費やす時間は約3万個に対して27時間。農家は農地の広さに応じてこれの数倍の時間をかけ、ピーク時は収穫と選果を繰り返す日々。規模拡大の妨げになっているだけでなく、適期に収穫が間に合わず出荷できないミカンもある。
実証実験では選果機に搭載した複数のカメラがミカンを撮影し、AIが多方面から画像を分析。傷の有無や腐敗しているかどうかを判別、取り除いていく。大幅な負担軽減が、出荷量を押し上げる追い風になると見込む。
◆救世主なるか
実施主体となるJAながさき西海させぼ広域かんきつ部会が実証実験に取り組むのには理由がある。高品質な「出島の華」「味っ子」「味まる」をブランド化し、販売単価は日本一を誇る。だが、地球温暖化による異常気象で品質低下や病害が多発している。年間の平均出荷量は9千トン。収穫分の約10%は廃棄するなどして出荷できていない。
人手不足の波も押し寄せ、部会の生産者はここ20年間で約40%減った。加えて生産者の5人に3人は60代以上。環太平洋連携協定(TPP)の発効でスーパーなどには安くておいしい輸入果実が並ぶようにもなった。「今のままでは10年もしないうちに、縮小してしまう」。田中さんは産地の未来を憂う。
スマート農業が産地を救うことができるのか。実証実験は2年間で、出荷量1万トンの維持と労働時間15%の削減を目指す。田中さんは「佐世保はもちろん、全国のかんきつ業界が最低でも現状を維持できる体制を整えていきたい」と話している。