大田さん“長崎くんち博士”に 「風流と踊町」テーマに学位 生まれも育ちも踊町 元テレビディレクター

2019/06/03 [11:10] 公開

長崎くんちの研究で博士号を取得した大田さん=長崎市三ツ山町、長崎純心大

長崎くんちの研究で博士号を取得した大田さん=長崎市三ツ山町、長崎純心大

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 元NBC長崎放送制作ディレクターの大田由紀さん=長崎市=が3月、長崎純心大大学院で博士号(学術・文学)を取得した。論文は「長崎くんちにおける風流(ふりゅう)と踊町の役割」。長崎くんちをテーマにした博士論文はこれまでになく、“くんち博士”が初めて誕生した。
 論文は、風流の精神が生き続けた奉納踊りの変遷とそれを維持した踊町の運営実態を、一次史料を基に明らかにした。
 踊町の諏訪町で生まれ育った大田さんにとって、長崎くんちは身近なもの。2000年、ディレクターとして国立歴史民俗博物館の映像資料「風流の祭り 長崎くんち」の制作に参加。その過程で全国の祭礼との関連性の中で長崎くんちを考える視点を得て、今回の研究テーマにつながった。
 09年、何か始めたいとNBCを退社。11年から同大学院人間文化研究科で研究し13年に修士号を取得。16年から博士課程に進み、同論文に取り組んできた。
 論文ではまず、長崎くんちを「風流の美意識が色濃く反映された祭礼」と位置付ける。風流とは固定性や普遍性を拒み、斬新な趣向で人々を驚かせるという美意識。長崎くんちはその精神が今も生き続けているという。特に長崎くんちの風流を象徴しているという傘鉾(かさぼこ)について、「全国の祭礼や盆行事にみられるが、長崎では1人持ちの形状を残したまま、極限の大きさとなった。傘鉾を回すというパフォーマンスは長崎だけで、作り物と行為における風流の一体化が長崎の特長」と指摘する。
 各踊町には傘鉾の制作費用などを一軒で負担する「傘鉾の一手持ち(傘鉾町人)」と呼ばれる素封家がいた。榎津町の高見家と紺屋町の山田家もそうで、明治から昭和初めの両家の神事記録を新たに解読することで、その役割を考察。「商売で得た利益を住んでいる町のために還元することによってくんちの発展に寄与した」と述べる。
 このほか、10年に市へ寄贈された東濱町のくんち関係資料計69件について、初めて詳細に分析した。1896~1932年で同町が踊町になった6回分の資料。現在は大部分を庭先回りの花代で賄っている踊町の運営資金が、町内の寄付金でほとんど調達され、それらは土地台帳を基に割合が決められ、いわば強制的に徴収されていたことが分かったという。
 論文は同大の宮坂正英教授、同大非常勤講師で長崎史談会会長の原田博二氏、武蔵大の福原敏男教授が審査。「今日まで知られていなかった新史料を使用し、新たな知見を多数発表しており、今後の長崎くんちの研究には不可欠な情報を提供する学術研究となった」と評価した。
 「くんちは長崎の歴史や人々の生きざまの象徴で、くんちを知れば逆にその歴史や生きざまが見えてくる。住人の相互扶助と都市的センスが生かされた祭礼だとあらためて感じた」と大田さん。「達成感より研究のスタート地点に着いたという心境。今は見られない出し物など一つずつ検証していきたい」と語った。