【インタビュー】諫早出身の作家・垣根涼介さん 直木賞受賞第1作「武田の金、毛利の銀」 戦の真理に切り込む

長崎新聞 2024/11/28 [12:44] 公開

垣根涼介さん(写真:内海裕之)

垣根涼介さん(写真:内海裕之)

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諫早市出身の作家、垣根涼介さんが直木賞受賞第1作として刊行した長編小説「武田の金、毛利の銀」(KADOKAWA)。確率論や経済理論を取り入れるなど独創的な歴史小説を生み出してきた垣根さんが、「乱世の沙汰も銭次第」という戦の真理に迫った作品だ。今作に込めた思いを聞いた。

 -昨年、直木賞を受賞後、生活環境や心境に変化はあったでしょうか。
 変化はあるにはありましたが、執筆ペースは乱さないよう心がけています。受賞自体は喜ばしいことですが、四半世紀ほどモノ書き稼業を続けてきているので、正直、そんなに心境の変化はありません。あ、昔の知り合いが多少多くなりました(笑)。

 -受賞第1作は、歴史小説を初めて手がけた「光秀の定理」(2013年)のスピンオフ的な作品。再び光秀らを主人公に据えた作品の構想は以前からあったのでしょうか。
 以前からありました。ただ、いつのタイミングで書くかという問題でした。

 -「光秀の定理」はベイズの定理、「信長の原理」(2018年)はパレートの法則を引いた新たな視点で歴史を捉え直していましたが、今作では「お金」に着目されました。戦国を舞台にした経済小説と見ることができるかと思います。その意図は。
 経済面から見た戦国小説というのは寡聞にしてほとんど聞いたことがなかったので、じゃあ書いてみようかという感じでしたね。

 -登場する人物が多種多様です。光秀は滅私奉公的なのに対し、光秀と絡む今作の重要人物、土屋十兵衛は自己中心的というべきか対照的。人物像が現代に通じるような気がします。
 十兵衛は自己中心的と言うより、「自分の(特殊な)能力を主君は買ってくれている。だからその面では頑張るが、自分に忠義などには格別の期待はしていないだろう」という心境ですね。いわゆる技能労働者としてのプライドが、そう見えるだけです。
 これは現代でもそうなりつつあり、ある特定の技能・能力を持つ者は、会社に対する滅私奉公的な態度などを売り物にせずとも、その技術だけで組織が厚遇してくれる。その意味では、働き方の多様性が広がりゆく時代だなとは思います。ただし、その能力が該当の仕事に足りなくなれば、すぐクビにはなりますよね(苦笑)。

 -今作で描きたかったこと、伝えたかったこととは。
 今作にはそんな大それたものはありませんが、敢(あ)えてテーマを上げるなら、今も昔も戦争は、「結局は資本力のある集団、武門が勝つ」という身も蓋(ふた)もない事実です。悲しいですけど、現実世界では「正しいから勝つ」なんてことはありません。

 -現在は3人の道士が織田信長を倒そうとする「蜻蛉(かげろう)の夏」(週刊ポスト)を連載中ですが、さらに次に取り上げたい人物、テーマは。現代モノへのファンの期待もあると思いますが、予定はありますか。
 来年からは、戦国武将の松永弾正を主人公とする「ぎんぎら弾正」が、7社の新聞にて連載開始となります。その次の再来年は、(来年1月に公開される映画「室町無頼」の姉妹編である)応仁の乱の頃に実在した「馬切衛門太郎(題名も同じ)」を主人公にしたお話です。これは週刊新潮で連載されます。
 現代モノへの復帰は、歴史小説へ軸足を移して十数年が経(た)った今でも、読者からそのような要望のメールをいただきます。ありがたいですね。その期待にはやがて応えたいな、とは考えています。


◎あらすじ

 上洛した織田信長に呼び出された明智光秀は、とある任務を下される。天下統一を目指す信長にとり敵対する大名の財力の把握は不可欠。武田と毛利の資金源である湯之奥金山と石見銀山を見定めるため、敵地の中枢に潜入し、金銀の産出量を確認する―。光秀は盟友の新九郎と愚息を伴って隠密裏に甲州へ向かう。その道中で3人は、土屋十兵衛長安と名乗る奇天烈な男に出会う。
 四六判、328ページ。1980円。

 【略歴】かきね・りょうすけ 1966年諫早市生まれ。2000年「午前三時のルースター」でサントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞し、04年「ワイルド・ソウル」で大藪春彦賞など3賞獲得。05年「君たちに明日はない」で山本周五郎賞。23年「極楽征夷大将軍」で第169回直木賞を受賞した。ほかに「ヒート アイランド」など著書多数。