「負の連鎖」断ち切りたい―― 父から虐待受けた女性、挫折を乗り越えてフリー保育士に 苦しむ人の希望を照らす

2024/09/17 [12:25] 公開

公園で遊ぶ西さん家族(本人提供)

公園で遊ぶ西さん家族(本人提供)

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温かな日差しが降り注ぐ長崎市内の公園。夫と共に走り回る3人の子どもを見守るのは、フリーランス保育士の西有希さん(34)。組織に所属せず、家庭に出向くフリー保育士は長崎県内で珍しい。あえてこの道を選んだのは、自身の壮絶な経験が大きい。親からの虐待、自殺未遂、そして産後うつ-。「虐待を受けて育った人が自分の子どもを虐待する『負の連鎖』を断ち切りたい」。時間をかけて親と子どもに正面から向き合い、それぞれの家庭に合った子育て支援を模索する。

包丁飛び、手を焼かれ…「もう消えたい」
 長崎県新上五島町出身。両親と四つ上の兄の4人暮らしだった。自然に囲まれて過ごしていた日々は、小学校入学前から一変。父親が西さんに暴言を吐くようになり、殴る、蹴るといった暴力が始まった。酒が入った時は包丁が飛んできたり、ライターで手を焼かれたり。「自分が悪いことをしたから、こういうことをされるんだ」。もう消えてしまいたいと思った。

 母親も西さんと同様、ドメスティックバイオレンス(DV)を受けていた。「あんたのせいでこうなった」。母親は西さんに責任を押しつけ、自分を守ることに必死のようだった。常に「いい子」でいようと自分の感情を押し殺して暮らした。後に知ったが、父親は貧困家庭に生まれ、親のDVを見て育っていた。虐待を受けて育った人が親になり、妻や子どもに暴力をふるう。典型的な虐待の「負の連鎖」だった。

逃げ場がない日々
 高校入学後、母親が家出。兄は高校進学で島外に出たため、父親と2人暮らしの生活が始まった。常に父親の顔色をうかがい、機嫌を損ねないように、怒らせないように暮らした。それでも、木刀で殴られたり、教科書や靴などを裏山に投げ捨てられたりした。

 一人で生活できないことは分かっていた。逃げ場はなく、地獄のような日々が続いた。ストレスからか毎日のように発熱し、学校を早退することも。親から抱き締められたことも、認めてもらった記憶も一度もなかった。残ったのはさみしいといった感情だけだった。

フラッシュバック
「自分の過去に向き合い、子どもに関わる仕事をしたい」。西さん(34)は生まれ育った五島列島の高校を卒業後、佐賀県の短大へ進み、保育を学び始めた。

 卒業後、親と離れて暮らす子どもが身を寄せる養護施設に就職。そんなある日、あの忌まわしい記憶が突然、フラッシュバックした。酒に酔った父親からの暴力と暴言、母親から見捨てられた経験だ。

 施設の子どもたちの家庭環境が、過去の自分とリンクした。幸せそうに暮らしていた周囲と、虐待が当たり前だった自分の家庭-。なぜか比べてしまい、劣等感が強くなった。そして、自殺未遂をした。働く自信をなくし、「二度と保育に関わる仕事はしない」と誓い退職した。

「今すぐ保育園に預けなさい」
 23歳の時、同じ年の善成さんと結婚。短大時代に出会い、どん底の状況を支えてくれた。2016年に長女が生まれ、2年後に次女を出産。次女は生後1カ月の時、呼吸器疾患を引き起こすRSウイルスなどが原因で入院。病院で孤立した子育てが始まった。


 夜泣きがひどく、眠れない日々が続いた。涙が止まらなくなり、子どもの泣き声に恐怖を感じるように。「この子が死ぬのが先か、自分が死ぬのが先か」。完璧主義で周りに頼ることが苦手な性格もあり、すべてを一人で抱え込んだ。気が付けば体重は10キロ以上減り、産後うつになっていた。

 そんな時、長女が通う保育園の園長が声をかけてくれた。「今すぐ保育園に預けなさい」「一緒にいることだけが愛情じゃない」。心が少し軽くなった。ママ友らとの交流も増え、周りを頼れるようになった。

自分のような子を救いたい
 子育てにも自信が付き、19年、障害のある子どもを預かる放課後デイサービスで働き始めた。さまざまな特性がある子どもの背景を探ると、発達障害ではなく、親との関係が良好ではないことによる愛着障害ではないかと思う子もいた。

 自分のようにさみしい思いをしている子どもを救うため、じっくり一人一人に関わりたい-。本格的にフリー保育士として活動を始めてから1年。「Nannyいっしょ」のLINE(ライン)アカウントを開設し、子どもの見守りや産前産後のサポート、病児保育などの依頼を受けている。自身も8歳と5歳の娘、3歳の息子の育児の真っただ中。子育ての大変さや悩みを利用者と共有し、“伴走型”の支援を大切にしている。

小さなサインを見過ごさず
 母子家庭や「ワンオペ」状態の家庭、育児で悩む人など状況はさまざま。「子どもに対してイライラが止まらない」。親たちの話を聞いていくと、幼少期に家庭環境に恵まれなかった過去を持つケースが少なくない。そんな時は、つらかった自身の経験を話し、共に解決方法を考える。

 親と子どもが出す小さなサインを見過ごさず、いら立ちの裏にある悲しみの感情に寄り添う。虐待を受ける子どもの苦しみと虐待しそうになる親の気持ち。両方が分かるからこそできることがあると信じている。

 「子どもの成長を楽しめるようになった」「自分の悩みの原因に気づくことができた」。利用者の声を聞くと、親の心の余裕につながっていると実感する。虐待を未然に防ぎ、「負の連鎖」を断ち切るために、自らの経験を明かし、苦しむ人の希望を照らし続ける。