【寄稿】「若い世代の歴史実践」 新たな感性に期待 西村明

長崎新聞 2025/02/03 [12:30] 公開

先週末、「戦争のかけらを集めて」(図書出版みぎわ、昨年6月刊)という論文集をめぐる書評会に参加した。
 先の大戦で過酷な戦闘を経験した元兵士たちは、現在生存していても多くは百歳をこえ、直接話を聞くことはきわめて難しい状況となった。1990年代生まれの3人の若手研究者たちが編んだこの本では、そうした状況を踏まえ、継承ではなくあえて断絶を出発点として、過去へと接近する自らの営みを「歴史実践」という言葉でとらえている。
 歴史実践といっても、ピンと来ない人も多いだろうが、歴史となった過去と接する機会は案外多い。歴史物のドラマや小説、マンガやゲームを楽しむということに止まらず、私たちの身の回りには先人たちの遺した痕跡がそこかしこに刻まれている。
 ただし、それに気づかずにやり過ごしていることも多い。歴史実践とは、そうした過去の断片との出会いをきっかけに、積極的に歴史と向きあい、これからを切り開こうとする態度のことなのだろう。
 体験や記憶の継承がバトンリレーだとすれば、バトンを渡された世代は体験内容に加え、体験者の思いを受けとめ、次の世代に受け継ぐ責務が生じる。この本では、こうした責任感の重さが継承を困難にしている点にも触れている。
 それに対して主張されているのは、非体験世代からの歴史への働きかけである。若い世代の方もそれぞれ異なる境遇を背負っており、歴史のとらえ方やそこから導き出すものも一様ではない。むしろそのことが歴史に対する意識や議論を活性化もするだろう。
 編者の一人、清水亮さんの言葉を借りれば、歴史が「いま、ここに、生きている」ということになる。歴史に働きかけ、また歴史の側からも働きかけられながら、私たち自身も歴史の一部をなし、歴史を作る側ともなる。
 清水さんは、私が東大で最初に担当した授業に社会学所属の3年生として熱心に出席していた。専門分野は異なるものの、茨城県阿見町の旧特攻基地の記憶をめぐる人々の関わりをテーマとした彼の博士論文審査にも関わった。戦争体験世代に対する関心を共有し、研究会や調査で共に学んだ十年来の研究仲間だ。
 昨年末実施の国際キャンプでは、彼が指導する慶応大生も参加し、みずみずしい感性に感心する場面もあった。一方向的なバトンリレーにこだわっていては、そうした感性も押し殺し、結果的には形ばかりの継承をもたらしかねない。書評会は、こうした若手からの問いかけを先行世代としてどう受けとめ、何をすべきか自問する機会ともなった。

 【略歴】にしむら・あきら 1973年雲仙市国見町出身。東京大大学院人文社会系研究科教授。宗教学の視点から慰霊や地域の信仰を研究する。日本宗教学会理事。神奈川県鎌倉市在住。