短編集「明智恭介の奔走」刊行 ミステリー作家・今村昌弘さん、創作の狙い

長崎新聞 2024/08/25 [11:55] 公開

創作の狙いについて語る今村さん=長崎市尾上町、メトロ書店長崎本店

創作の狙いについて語る今村さん=長崎市尾上町、メトロ書店長崎本店

  • 創作の狙いについて語る今村さん=長崎市尾上町、メトロ書店長崎本店
  • 初の短編集「明智恭介の奔走」
  • ファン100人と対話したサイン会
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長崎県諫早市生まれのミステリー作家、今村昌弘さん(38)の初の短編集「明智恭介の奔走」(東京創元社)が刊行された。メトロ書店長崎本店でのサイン会に訪れた今村さんに創作の狙いについて聞いた。

 -デビュー作「屍人荘(しじんそう)の殺人」で登場したキャラクター「明智恭介」を主人公に据えた。
 デビュー作では登場するシーンが少なかったが、読者に人気のキャラクターで、当時から再登場を願う声が多かった。探偵という存在に憧れていて、謎のにおいをかぎつけては首を突っ込んでいくという設定。予想を上回って好評を得たキャラクターで、自分としても驚きだった。短編集と同時にスピンオフという形でもある。映画では中村倫也さんが役を演じてくださり、小説で書いていたときよりキャラクターとしての像が固まったという印象深いキャラクター。

 -長編とは違う仕上がりになっている。
 明智を主人公とする事件を考えたときに、重い殺人事件ではなくて、日常の中のちょっとした不思議とか、どたばたな事件とかが明智らしさが出るだろうと思った。

 -シャッター街、古い喫茶店、閉まったビルが出てくる「とある日常の謎について」は、庶民の素朴な疑問から、心の機微に触れるすてきなミステリーが展開する。
 意識して描写をちょっと廃れゆく商店街に合わせようとはしてなくて、書き上げて人に読んでもらって「あの作品良かった」とか「感情がうまく書けてました」とか、たくさん感想を頂いた。意外だなと思った。知り合いのミステリー作家に「一番心の中にある風景が、都会的な繁栄とか明るさとか先進的なイメージよりも、ちょっとどこか廃れゆくものへの憧れとか郷愁とかの感情を持っているのではないか」と言われた。
 長崎生まれだが、育ったのはほぼ神戸。お盆とか年末しか長崎には帰って来られてなくて。長崎で見る両親の故郷とかが、そういうイメージに重なることが多かったのかなと思う。母は諫早市、父は西海市松島の出身。ちょっと人が減っていたり、昔の風景を色濃く残していたり、というのが自分の中の「町の風景」なんじゃないかな。頑張って表現したんじゃなくて、自然と心の情景が投影された作品と思う。
 記憶の中にある長崎の風景であったり自分が好きな古い喫茶店とかをイメージして書いたつもりだが、誰しも心の中に一つや二つ引っかかる情景があるんじゃないかなと感じた。

 -個人の謎にミステリー性と社会性がある。
 デビューした「屍人荘の殺人」とそれに連なるシリーズは、どちらかというと不可能犯罪のトリックを考えて読者をびっくりさせることが多いし、僕自身もそれを得意としてきたので、今回、日常の謎に焦点を当てた短編集というのは自分でも挑戦的なことだった。
 長編で描くような大事件だとか不可解な謎ではないかもしれないけれど、そこに人間が関わっていることで謎が生まれる。「びっくり」させることより、「ハッ」と気付かせるというようなイメージで、どんな事件を起こそうか、どういう解決にしようか方針を固めていった。読み終えたときに、少し自分の日常を振り返りたくなるような作品が書ければいいなと。

 -地元長崎にメッセージを。
 デビューのときからメトロ書店さんをはじめ長崎の方には応援いただいた。皆さんからしたら小説家という職業の人間は、いったいどこに潜んでいるのか、どういう生き方をしているのか分からない部分があると思うけれども、意外と長崎にルーツを持つ人間として皆さんに近い感情を持って、必ずしも創作のことばっかりを考えてるんじゃなくて、田舎の風景とか廃れゆくものへの郷愁だとか、そういうことを感じながら形成された人間がいま小説を書いていると皆さんに知っていただきたい。

 -長崎の風景で目に付く場所は。
 JR長崎駅から見える勾配のある坂に家、ビル、お墓といろんなものが点在している光景。他の地域では見られない。

◎明智恭介の奔走
 神紅大学ミステリ愛好会会長の明智恭介が「屍人荘の殺人」より以前に、助手であり唯一の会員、葉村譲と共に挑んだ知られざる事件を描くシリーズ初の短編集。大学のサークル棟で起きた不可解な盗難騒ぎ、寂れた商店街を騒がす日常の謎、夏休み直前に起きた試験問題漏えい事件など書き下ろしを含む全5編を収録。四六判、296ページ。1870円。

 【略歴】いまむら・まさひろ 1985年諫早市生まれ。神戸市在住。2017年「屍人荘の殺人」で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は第18回本格ミステリ大賞小説部門など主要ミステリー賞4冠を達成し映画化された。シリーズ第2、第3弾も各ミステリーランキングでベスト3に連続ランクインした。シリーズは販売累計130万部に迫る。他の著書に「でぃすぺる」がある。