ドメスティックバイオレンス(DV)や性暴力防止を啓発する掲示物は、女性トイレで見ることが多いが、男性トイレにもあるの? 長崎新聞の情報窓口「ナガサキポスト」に、夫からDVを受けて離婚した県内の女性から投稿が寄せられた。「未来の男性を育てる母として男の子にも知ってほしい情報なのに」。佐賀新聞の双方向報道「こちら さがS編集局(こちさが)」と連携して取材をすると、当事者の苦悩や両性への啓発の必要性が浮かび上がった。4月は若年層の性暴力被害予防月間。
◆「惨めさ知られたくない」
投稿者は長崎県内在住の杉浦朋見さん=仮名=。シングルマザーとして子どもを育てている。初めてポスターを見たのは、第1子を授かり受診した産婦人科のトイレ。物騒だと驚いたが、性被害が浮かび、「ここに貼るべきだ」と思い直した。
DVはその直後に始まった。身体的暴力や避妊の非協力などの性暴力、日常生活も制限され、社会的・経済的にも追い詰められた。
「被害者」の実情は、想像と全く違った。加害者は結婚するほど好きだった相手。「そんな人から暴力を受ける惨めさを知られたくない」。夫(当時)が加害に苦悩する姿を見ると、かばう気持ちも出た。勇気を出して友人に話すと「洗脳されている」「なぜ離れないの?」と、責めるような言葉をかけられ、相談しなくなった。人に話したと知られて報復される恐怖も、孤立に拍車をかけた。
◆全てを捨てて…
抜け出すと決意しても、出口までの道のりは険しかった。両親からは「我慢が足りないのでは」と言われ、夫の両親からは「妻が夫に出過ぎたことを言うからだ」と非難された。駆け込んだ警察署の中年の男性警察官は夫をかばい、まともに対応してくれなかった。さまざまな窓口で相談し、世間の理解不足や支援体制の地域差を実感した。助けを求めても傷つき、やがて傷つくことにも疲れ果てた。
悩みを共有できたのは被害者が集まる交流サイト(SNS)。固定観念や偏見により、高齢の被害者や男性被害者が置かれた過酷な状況も知った。
最終的に行政機関のシェルターに入り、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、公的支援を受けた。法テラスを利用して離婚し、生活基盤を立て直した。「結局、被害者は家や仕事など全てを捨てて逃げるしかない」。自然と女性や子どもの権利、社会について考えるようになった。
そんな中、DV被害防止ポスターを女性トイレで見かけた。気になって男性の知人ら約20人に男性トイレや喫煙所などにあるのか尋ねたが、答えはいずれも「見たことがない」。自身の経験から、被害者以外にも知識が必要なことは痛感していた。「予防のためにも、男女どちらも知る必要があるはず」「誰がどう判断をしているのか」。疑問が募った。
◆「性別で分ける意味はない」
杉浦さんが例示した広報物は内閣府男女共同参画局が「女性に対する暴力をなくす運動」の一環で作製。性暴力の例や相談窓口を記載しており、担当者は「掲示場所の指定はなく、都道府県が決める」と述べた。
長崎県男女参画・女性活躍推進室によると、県内では▽ファミリーマート、セブン-イレブンのトイレ▽高速道路のパーキングエリア(大村湾下りを除く)のトイレ▽県のSDGs登録企業の事業所-などに掲示している。
あるコンビニの九州統括担当者によると、掲示場所は各オーナーの判断。県内の店舗で個室が2個以上ある場合は女性用の室内やドアに貼られたケースが多かった。県の担当者は「割り当ては1枚なので被害者が多い女性トイレに貼ったのでは」と推測する。
啓発や相談業務に取り組む長崎市は啓発・相談カードを一部の女性トイレに、佐世保市は市女性相談室のカードを庁舎やすこやかプラザの一部の女性トイレに設置。同市の担当者は「女性相談室しかなく、男性トイレに設置しにくい。(取材を受け)国や県の広報物を設置したい」と答えた。
佐賀市内では、若年層の性暴力被害予防月間(4月)を周知する内閣府のポスターが、佐賀県DV総合対策センターがある「アバンセ」の入り口やロビーなどに複数掲示されていた。
同センターは女性総合相談窓口を知らせるステッカーを作製・配布しており、佐賀県庁や県立図書館、佐賀市立図書館の女性トイレで個室や手洗い場に貼っていた。ただ、男性トイレでは確認できなかった。
一方、長崎市男女共同参画推進センター・アマランスは男性トイレの個室にも掲示。「無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)に気付いて」と思いを込める。
啓発はどうあればいいのか。被害者支援に取り組むNPO法人DV防止ながさきの中田慶子理事長は「被害者、加害者、傍観者にならないため、全ての人に啓発が必要」と強調。ながさきDV加害者更生プログラム研究会の宮本鷹明代表は「同性間でも起きうるので性別で分ける意味はない。知る機会を増やす小さな積み重ねが大事」と語る。
杉浦さんは離婚後に参加した勉強会で「DVは加害者の家庭環境が影響する」と知り、子どもへの責任感がぐっと強くなった。「親も時代に合った正しい知識が必要。『社会全体の問題』として多くの人に知ってほしい」と願っている。