高校野球はこの春から、反発力を抑えて木製の性能に近づかせた新基準の金属バットに完全移行する。従来よりも打球の初速が落ちるとされる「飛ばないバット」は、勝負にどんな影響を及ぼすのか。選手たちの打撃技術向上が期待できる一方、守備の対応の難しさや費用面の課題も横たわる。全国的な対外試合禁止期間が解ける3月の球春到来を前に、長崎県内の指導者や関係者に話を聞いた。
■ 飛ばない?
新基準のバットは打球による事故防止などを目的に導入。芯の素材の厚みが変わり、最大直径が67ミリから64ミリになったことで反発力が減った。
手に取ると、わずか3ミリでも目に見えて「細くなった」と分かる。監督たちは「しっかり芯で捉えたら今まで通り飛ぶ」と口をそろえるが、ボールを確実に「仕留める」ミート力と「押し込む」パワーが一層、求められていくのは間違いない。
県高野連の黒江英樹理事長は「投手からすればバットの芯をずらす速い変化球がさらに効果的になるのでは」と予想した上で「制球力を高めてストライクゾーンで勝負することで投球数減少や試合時間短縮につながれば」と期待する。一方、海星の加藤慶二監督は投手の有利性に同調しながらも「ファウルが増えそう」。木製の性能に近づくバットは「打者育成には向いている」とみる。
守備では「打球の音に惑わされる」という感想が多い。中でも飛球に対してはバットに当たった音で落下地点へ踏み出す“一歩目”が大事だが、慣れるまでは判断を誤ることがありそう。新基準で確率が上がるとされるポテンヒットを警戒した上で、長打も想定する必要がある。打順や得点差、走者が何塁にいるかなどで変わるポジショニングは悩みどころだ。
長崎商の西口博之監督は「打撃は本当の力が試されて“ごまかし”が利かなくなるけど、守備は難しい。浅めに守った状態から後ろの打球を捕る練習も増やさないといけないかな」。大崎の清水央彦監督は「打者の逆方向への当たりは特に伸びない」と実感する。戦術やベンチからの指示も重要度を増すだろう。
現在は地域間格差の解消や健康管理などのために、毎年12月から3月初旬まで設けられている対外試合禁止期間。新バットへの対策は「手探り」の段階だ。創成館の稙田龍生監督が「センバツを見て対策を考えたい」と話すように、3月18日から甲子園で始まる全国舞台が一つの目安になる。
■ 経済力次第
影響がありそうなのはプレーだけではない。新バットは主流メーカーで1本3万円台後半と、従来の一般的なものと比べて1万円ほど高価になった。日本高野連は全加盟校に新バットを配布し、県内でも昨年11月に全56校に2本ずつ配られ、もうすぐ3本目が届く。だが、それだけでは足りるとは考えられない。部や個人でどう補って使うのかは課題と言えそうだ。
将来を見据え、大学やプロと同じ木製バットを使う選手が出てくることも否定できない。金属は重さ900グラム以上の規定があるが、1万円台で買える木製は、その縛りがない。軽めの木製バットでスイングスピードを上げてボールを飛ばすのも選択肢の一つ。だが、練習を含めて折れるため、トータルの費用や安全面での懸念は小さくない。
グラブやスパイク、ユニホームも万単位の支出を伴い、ほかにも消耗品は多い。プレーを細かく「科学する」ことも当たり前の時代になり、近距離無線通信「ブルートゥース」を活用して投球やスイングの軌道、速さ、回転数などをスマートフォンで数値化して改善に役立てているチームもある。選手の努力が大前提だが、経済力が上達に比例する部活動の現状がある。
県内を中心に野球用品を販売する業者の一人は「新基準のバットをはじめ、予算によって競技力の差が出てくると思う。私たちはそれで商売しているけど、お金がかかることで、子どもたちが野球をやらないというふうにならないかが心配」とジレンマを口にする。