島唯一の宿として釣り客らに愛されてきた長崎市高島町の宿泊施設「しまの宿 五平太」が9月末、閉館する。長年、料理を振る舞う吉田政枝さん(77)=同町=の元には、利用客らから惜しむ声が相次いでいる。「おばちゃん、やめんで」
市によると同施設は1973年、雇用促進事業団(当時)が建設し、委託を受けた旧高島町勤労者福祉事業公社が「高島総合福祉センター」として運営開始。2005年の市町合併後、市が管理を引き継いだ。
鉄筋コンクリート5階建て(延べ床面積1134平方メートル)。客室は8室あり、1日最大35人が宿泊できる。釣りや海水浴などで訪れた観光客、スポーツ合宿、帰省客、自然災害時に対応する工事業者らの利用が多く、コロナ禍前の18年度の宿泊者は延べ1089人、客室稼働率は19%。22年度は延べ961人だった。
建設から50年近くが経過し、老朽化が進むとともに耐震性にも課題があった。市は21年度、市公共マネジメント地区別計画に基づき、廃止か民間移譲を原則とした方針を示し、22年度まで移譲する民間事業者を募ったが応募がなく、閉館を決めた。
今月末、同施設が半世紀の歴史に幕を下ろすと、町内の宿泊施設はゼロに。市は代替策について、高速船で約10分の伊王島や、同約35分の市中心部の宿泊施設の利用を想定。緊急を要する際の工事業者の宿泊は、町内にある他の市有施設で対応するという。
「五平太」の管理人を務めるのは吉田さんの娘夫婦。吉田さんは23年ほど前から手伝いを始め、朝夕の食事を手作りしてきた。町内に飲食店がなく、注文があれば昼食の弁当も作る唯一の施設だった。久々に帰郷した客のために浜辺で貝を採り、古里の味を振る舞うと、「懐かしい」と涙を流して喜ぶ客もいたという。
吉田さんにとって、多くの客との思い出が詰まった空間。住み込みで働いていたため、閉館後、町内で住む場所がなくなる。長く付き合いがある利用客らから「続けてほしい」「高島に残って、民宿みたいに吉田さんのところに泊まらせて」などの声が集まっている。
「宿がなくなると困る人が大勢いる。市には継続の道筋を立ててほしかった」。やるせない思いを抱えたまま、島唯一の宿は29日、最後の客を迎える。