主人公の若い刑事が部屋の片付けをしている。その最中、メトロノームでリズムをつけた。〈一つ一つにそれなりの思い出はあり、考えだすと手が動かなくなる〉からだ、と。高村薫さんの小説「レディ・ジョーカー」の一場面にある▲昔日の写真であったり、古い手紙であったり、目につくたびに追想に誘われ、片付けや荷造りの手が止まった経験は誰もがお持ちだろう。刑事は作業をはかどらせようと、体をリズムに乗せたらしい▲「段ボール、積んだまんまだよ」「片付ける時間なんてあるわけない」…。この春、社会に出て、新天地の生活を始めた人は「はじめまして」の緊張もいくらか解けて、ぼやきが始まる頃かもしれない▲少し早起きすればいいのに朝はいつも慌ただしく、夜は夜で慣れない仕事の疲れでぐったり…。取り散らかしたままの船出の4月ならば、遠い遠い昔に覚えがある▲掃除にまつわる四字熟語に「明窓浄机(めいそうじょうき)」がある。窓と机を拭けば部屋は明るく、机は美しくなり、読書や勉強に集中できる、と。確かに、掃除には心を落ち着ける効果があると聞く▲この週末か、大型連休か、口ずさむ歌をメトロノーム代わりにして、部屋の片付けに精を出す人もいるだろう。心がさっぱり「明窓浄机」となれば、季節もすがすがしい初夏へと移る。(徹)
取り散らかす4月
長崎新聞 2025/04/25 [09:45] 公開