長崎県佐世保市内で毎月開かれる子ども食堂「もくもく食堂」。代表の数山有里(ゆり)さん(44)が子育て世帯の居場所づくりとして2016年から始め、年間約2千人が訪れるまでになった。母親目線で取り組みを展開してきた数山さんから見える佐世保の子育ての状況や貧困の実態とはどのようなものなのか。食堂に何度も足を運ぶうちに、その一端が見えてきた。
数山さんは同市出身。7年保育士を務めワーキングホリデーで渡豪。帰国後に結婚して30歳で長女を出産した。夫は出張が多くワンオペ育児で、長女は心室中隔欠損症とてんかんを併発。不安と孤独の中、人とつながる大切さを痛感した。
周りを見渡せば佐世保は自衛隊、米海軍などの転勤族が多くシングルマザーも多かった。自分と同じように孤立しやすい人が多くいる現実を前に「多様な人でする子育て環境をつくりたい」と思うように。「“ご飯一緒に食べよう”ならいろんな人が足を運びやすい」-。そんな考えから同食堂の立ち上げを決めた。
◆
ある日の午後4時ごろ。市中心部のアーケード内に子どもたちの声が響く。ストーブで暖められた室内に予約した約50人の子どもや大人がひっきりなしにやって来た。運営メンバーがご飯をよそう。子育ての息抜き、よりどころを求めて、生きるべく食べるため-。多様な背景の人たちが同じ机で同じご飯を食べる。
入り口ではボランティアの大学生らが弁当を配布する。弁当は対面での食事より人気で、この日は100食ほど用意したが予約は数時間で埋まった。
午後5時半ごろ、毎回家族8人分の弁当をもらいに来る50代の男性が来た。パートナーとその娘、娘の子どもらと暮らしている男性はぜんそくで働くことができず娘と娘の子のアルバイト代などで食いつないでいる。この日も男性は礼を言うと弁当が入ったビニール袋を両手に持って雑踏の中に消えていった。
食堂も終わりに近い午後7時ごろに家族の弁当を受け取りに訪れた40代女性は、「数山さんの支援を『恥ずかしい。そこまではしてほしくない』と言う人もいるけれど、食べ物がないとイライラするし、けんかになる。食べ物の支援は本当にありがたい」と話した。
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取り組みを進めるごとに出くわす悩ましい社会課題と向き合うことで活動範囲もおのずと広がった。無料で食品を配布する「フードパントリー」に加え官民連携で行う親子支援などにも取り組むように。数山さんは年末年始、週末、関係なく要請があれば市内各地の家庭に食料を届けている。
ある夏の日、フードパントリーで市内を回る数山さんに同行させてもらった。車のハンドルを握りながら数山さんは「最近の貧困は見た目で分からないぶん悩ましい」と言葉を絞り出す。携帯電話を数台持ち良い服を着ていても明日食べるものがないという危機的状況にある場合も少なくないという。限られた収入の中、家計で費やすべきものの優先順位が分からず、生きる上で不可欠な食料や女性であれば生理用品が家にないという事態に陥るそうだ。多様な理由で子どもが不登校であるケースも多い。
この日の走行距離は約60キロ。数山さんは各家庭を回りながら会えた子どもには「食堂においで」と誘っていた。食堂に来る高校生や大学生と触れ合うことで親以外の世界を知ってもらいたいからだ。
◆
「多様な家庭環境がある中でフラットに人と話し、つながることができる子ども食堂はセーフティーネットになる」と数山さん。きれい事では消化できない現実と対峙(たいじ)して葛藤する時も少なくないが、「誰かの伴走者でありたい」との思いを胸に今日も声をかけている。「ご飯、一緒に食べよう」
数山さんは同市出身。7年保育士を務めワーキングホリデーで渡豪。帰国後に結婚して30歳で長女を出産した。夫は出張が多くワンオペ育児で、長女は心室中隔欠損症とてんかんを併発。不安と孤独の中、人とつながる大切さを痛感した。
周りを見渡せば佐世保は自衛隊、米海軍などの転勤族が多くシングルマザーも多かった。自分と同じように孤立しやすい人が多くいる現実を前に「多様な人でする子育て環境をつくりたい」と思うように。「“ご飯一緒に食べよう”ならいろんな人が足を運びやすい」-。そんな考えから同食堂の立ち上げを決めた。
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ある日の午後4時ごろ。市中心部のアーケード内に子どもたちの声が響く。ストーブで暖められた室内に予約した約50人の子どもや大人がひっきりなしにやって来た。運営メンバーがご飯をよそう。子育ての息抜き、よりどころを求めて、生きるべく食べるため-。多様な背景の人たちが同じ机で同じご飯を食べる。
入り口ではボランティアの大学生らが弁当を配布する。弁当は対面での食事より人気で、この日は100食ほど用意したが予約は数時間で埋まった。
午後5時半ごろ、毎回家族8人分の弁当をもらいに来る50代の男性が来た。パートナーとその娘、娘の子どもらと暮らしている男性はぜんそくで働くことができず娘と娘の子のアルバイト代などで食いつないでいる。この日も男性は礼を言うと弁当が入ったビニール袋を両手に持って雑踏の中に消えていった。
食堂も終わりに近い午後7時ごろに家族の弁当を受け取りに訪れた40代女性は、「数山さんの支援を『恥ずかしい。そこまではしてほしくない』と言う人もいるけれど、食べ物がないとイライラするし、けんかになる。食べ物の支援は本当にありがたい」と話した。
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取り組みを進めるごとに出くわす悩ましい社会課題と向き合うことで活動範囲もおのずと広がった。無料で食品を配布する「フードパントリー」に加え官民連携で行う親子支援などにも取り組むように。数山さんは年末年始、週末、関係なく要請があれば市内各地の家庭に食料を届けている。
ある夏の日、フードパントリーで市内を回る数山さんに同行させてもらった。車のハンドルを握りながら数山さんは「最近の貧困は見た目で分からないぶん悩ましい」と言葉を絞り出す。携帯電話を数台持ち良い服を着ていても明日食べるものがないという危機的状況にある場合も少なくないという。限られた収入の中、家計で費やすべきものの優先順位が分からず、生きる上で不可欠な食料や女性であれば生理用品が家にないという事態に陥るそうだ。多様な理由で子どもが不登校であるケースも多い。
この日の走行距離は約60キロ。数山さんは各家庭を回りながら会えた子どもには「食堂においで」と誘っていた。食堂に来る高校生や大学生と触れ合うことで親以外の世界を知ってもらいたいからだ。
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「多様な家庭環境がある中でフラットに人と話し、つながることができる子ども食堂はセーフティーネットになる」と数山さん。きれい事では消化できない現実と対峙(たいじ)して葛藤する時も少なくないが、「誰かの伴走者でありたい」との思いを胸に今日も声をかけている。「ご飯、一緒に食べよう」