大好きな笑い話がある。ある芸人さんがレストランで大山のぶ代さんと遭遇した。あ、大山さんや、なに食べはるんやろ。と、メニューを眺めていた大山さんが店員さんに告げた。あの声で「ペペロンチーノ♪」。「ポケットから出すんか、と思いました」▲大山さんのサービス精神だったか、それとも特別に作った声ではなかったことの証しか。声優が交代してずいぶんたつが、真っ先に耳が思い出すのはあのハスキーボイスだ。「ドラえもん」の声を長く演じた声優の大山のぶ代さんが亡くなった▲マンガには音がない。最初の放送を見た原作者の藤子・F・不二雄さんが「ドラえもんってあんな声だったんですね」と彼女に伝えたことはよく知られている。最大級の賛辞だ▲その個性的な声は「子どもの頃からずっと」で悩みの種でもあったそうだ。声が変だからって、弱点を隠してばかりいたらもっと弱くなっちゃうよ-と母親が声を出す活動を勧めた。私たちはお母さまにも感謝しなければならない▲ドラえもんの「ひみつ道具」には勇気の出る道具は一つもないのだ、と作家の重松清さんが作中の人物に語らせたことがある。勇気はいつだってその人の内面からしか生まれてこないから▲でも、大山さんのあの声は笑顔と勇気と夢の種をたくさんくれた。(智)
大山のぶ代さん
2024/10/14 [10:00] 公開