ピースサイト
私の被爆ノート
被爆者の高齢化と被爆体験の風化が深刻な問題となっています。長崎新聞社は1996年から本紙に掲載してきた「忘られぬあの日 私の被爆ノート」を、ホームページに掲載します。
「生々しい惨状」を目の当たりにし、絶望と怒り、悲しみのふちを超えた被爆者が勇気をふるい「核兵器廃絶」「世界平和」への切なる願いを次代に託そうとした「証言集」です。
なお、この証言集に登場された方のなかには、すでに亡くなられた方もいます。ご冥福をお祈りするとともに、その遺志がこのページを通して広く世界へ通じることを願ってやみません。
(文章は被爆者からの聞き取りで、長崎新聞に掲載されたものをそのまま使用しています。住所、年齢は掲載当時のものです。敬称略)
「私の被爆ノート一覧」
- 第 202 回 2000年4月20日 掲載 三原 美代 「爆風に吹き飛ばされる」 translated by
- 第 201 回 2000年4月13日 掲載 喜多 チヨ 「だびに付す光景が日常に」 translated by
- 第 200 回 2000年4月7日 掲載 三宅レイ子 「教室消え運動場に死体」 translated by
- 第 199 回 2000年3月30日 掲載 間名部正之 「家族失った悲しみ消えず」 translated by
- 第 198 回 2000年3月23日 掲載 本多 千年 「助け求める声今も耳に」 translated by
- 第 197 回 2000年3月17日 掲載 溝江フサノ 「負傷者で埋まる防空壕」 translated by
- 第 196 回 2000年3月9日 掲載 森 リヨ 「ぼろぼろの負傷者次々に」 translated by
- 第 195 回 2000年2月25日 掲載 岩本 好美 「死体焼く作業に感覚まひ」 translated by
- 第 194 回 2000年2月10日 掲載 与之村芳子 「何百人も並んだけが人」 translated by
- 第 193 回 2000年2月4日 掲載 深堀 陽子 「肩のガラスにも気付かず」 translated by
- 第 192 回 2000年1月27日 掲載 浦田 スエ 「死体焼く光景あちこちに」 translated by
- 第 191 回 2000年1月21日 掲載 友平 靖子 「親の遺骨背負った男の子」 translated by
- 第 190 回 2000年1月14日 掲載 田島 良一 「ものすごい閃光とごう音」 translated by
- 第 189 回 2000年1月6日 掲載 井手 美咲 「人とも分からぬ死がい」 translated by
- 第 188 回 1999年12月25日 掲載 坂本フミヱ 「傍らで母呼び死んだ少年」 translated by
- 第 187 回 1999年12月18日 掲載 中村美佐子 「鼻の先もぎ取られた妹」 translated by
- 第 186 回 1999年12月10日 掲載 春野 ハル 「全壊の家から母と脱出」 translated by
- 第 185 回 1999年11月26日 掲載 森山シヅ子 「外傷ないまま死に」 translated by
- 第 184 回 1999年11月18日 掲載 松友 雅夫 「焼け跡に死体あふれ」 translated by
- 第 183 回 1999年11月11日 掲載 竹下 民輔 「血だらけの死傷者 次々」 translated by
- 第 182 回 1999年11月4日 掲載 山口キクノ 「山の中腹で泣き明かす」 translated by
- 第 181 回 1999年10月21日 掲載 北 敏子 「親指大のガラス背中に」 translated by
- 第 180 回 1999年10月8日 掲載 松坂 秀応 「遺体の火葬 今も夢に」 translated by
- 第 179 回 1999年10月1日 掲載 増田チエ子 「患者またいで必死に処置」 translated by
- 第 178 回 1999年9月24日 掲載 城崎 尚道 「少女の皮膚はがれ風に揺れ」 translated by
- 第 177 回 1999年9月16日 掲載 西川マツヱ 「夫に付ける薬もなく」 translated by
- 第 176 回 1999年9月9日 掲載 森口 一則 「工場はい出ると焼け野原」 translated by
- 第 175 回 1999年9月2日 掲載 青木善次郎 「無数の死体、惨状に息のむ」 translated by
- 第 174 回 1999年8月28日 掲載 阿比留薫實 「悲しかった死体運び」 translated by
- 第 173 回 1999年8月20日 掲載 吉田 八郎 「「日本は滅亡する」とおびえ」 translated by
- 第 172 回 1999年8月12日 掲載 今村 博信 「話し声もなく異様な光景」 translated by
- 第 171 回 1999年8月5日 掲載 今村 ヒサ 「梅干しと井戸水で命つなぐ」 translated by
- 第 170 回 1999年7月29日 掲載 内田 伯 「顔の崩れた親友を励まし」 translated by
- 第 169 回 1999年7月22日 掲載 中島 浜次 「至る所に焼け焦げた死体」 translated by
- 第 168 回 1999年7月15日 掲載 山下昭一郎 「死体の中から生存者探し」 translated by
- 第 167 回 1999年7月8日 掲載 室園 久信 「腰に抱き付き水求められ」 translated by
- 第 166 回 1999年6月24日 掲載 深堀 譲治 「変わり果てた家族の姿」 translated by
- 第 165 回 1999年6月17日 掲載 山口 安之 「鉄製の壁は穴だらけ」 translated by
- 第 164 回 1999年6月10日 掲載 滝本 富子 「兄の最期はみとれず」 translated by
- 第 163 回 1999年6月5日 掲載 吉島 孝夫 「ひん死の少年救えず」 translated by
- 第 162 回 1999年5月21日 掲載 野口 京子 「怖さで震える級友たち」 translated by
- 第 161 回 1999年5月13日 掲載 上田 博士 「死体の山に感覚まひ」 translated by
- 第 160 回 1999年4月21日 掲載 本田アヤノ 「爆風と粉じん、意識失う」 translated by
- 第 159 回 1999年4月9日 掲載 山下 慶子 「母は胎児とともに逝く」 translated by
- 第 158 回 1999年3月25日 掲載 平島 勲 「死亡者名簿に父の名前」 translated by
- 第 157 回 1999年3月11日 掲載 小林 保 「助け求める女性救えず」 translated by
- 第 156 回 1999年3月5日 掲載 中村恵美子 「泥に覆われ身動きできず」 translated by
- 第 155 回 1999年2月25日 掲載 永田三十二 「友人と運命の分かれ道」 translated by
- 第 154 回 1999年2月5日 掲載 藤田 ヤス 「終戦の知らせにうれしさ」 translated by
- 第 153 回 1999年1月28日 掲載 田中 誠 「目に焼き付き離れない惨状」 translated by