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私の被爆ノート
被爆者の高齢化と被爆体験の風化が深刻な問題となっています。長崎新聞社は1996年から本紙に掲載してきた「忘られぬあの日 私の被爆ノート」を、ホームページに掲載します。
「生々しい惨状」を目の当たりにし、絶望と怒り、悲しみのふちを超えた被爆者が勇気をふるい「核兵器廃絶」「世界平和」への切なる願いを次代に託そうとした「証言集」です。
なお、この証言集に登場された方のなかには、すでに亡くなられた方もいます。ご冥福をお祈りするとともに、その遺志がこのページを通して広く世界へ通じることを願ってやみません。
(文章は被爆者からの聞き取りで、長崎新聞に掲載されたものをそのまま使用しています。住所、年齢は掲載当時のものです。敬称略)
「私の被爆ノート一覧」
- 第 402 回 2004年9月23日 掲載 坂木 敏雄 「妻子失い記者ぼうぜん」 translated by
- 第 401 回 2004年9月16日 掲載 深井 治夫 「帰らぬ父捜し歩き回る」 translated by
- 第 400 回 2004年9月9日 掲載 松本 政勝 「重傷にも「死んでたまるか」」 translated by
- 第 399 回 2004年9月2日 掲載 茶谷志津子 「やけどのにおい壕に充満」 translated by
- 第 398 回 2004年8月20日 掲載 下田 敏行 「水を求め長姉絶える」 translated by
- 第 397 回 2004年8月12日 掲載 岡野 歳美 「腐った遺体淡々と処理」 translated by
- 第 396 回 2004年8月5日 掲載 西村留三郎 「船上に熱線、大やけど」 translated by
- 第 395 回 2004年7月29日 掲載 前川スミヱ 「うめき横たわる負傷者」 translated by
- 第 394 回 2004年7月23日 掲載 西山 進 「その瞬間、すさまじい爆風」 translated by
- 第 393 回 2004年7月15日 掲載 永田 廣八 「爆心地に悪臭と無数の死体」 translated by
- 第 392 回 2004年7月8日 掲載 冨永 末夫 「学校も友人も失った」 translated by
- 第 391 回 2004年7月2日 掲載 河野 次男 「放射線障害に苦しむ」 translated by
- 第 390 回 2004年6月25日 掲載 鬼塚 邦彦 「憲兵が「原子爆弾ばい」」 translated by
- 第 389 回 2004年6月17日 掲載 川原八千代 「体に染みついた腐臭」 translated by
- 第 388 回 2004年6月3日 掲載 荒木 恒幸 「身を守るので精いっぱい」 translated by
- 第 387 回 2004年5月27日 掲載 脇山 耕一 「父の包帯姿痛々しく」 translated by
- 第 386 回 2004年5月20日 掲載 市丸 彪 「姉が家屋の下敷きに」 translated by
- 第 385 回 2004年5月13日 掲載 吉岡 昭夫 「ガラスで血だらけの姉」 translated by
- 第 384 回 2004年5月7日 掲載 森内 實 「電車に骨だけの遺体」 translated by
- 第 383 回 2004年4月29日 掲載 川崎 進 「海に映る不気味な炎」 translated by
- 第 382 回 2004年4月15日 掲載 楠山 茂 「昼間なのに真っ暗に」 translated by
- 第 381 回 2004年4月8日 掲載 石川 司 「寒くて震え止まらず」 translated by
- 第 380 回 2004年3月31日 掲載 松尾 久夫 「弟、姉死に母の遺骨」 translated by
- 第 379 回 2004年3月25日 掲載 小川 豊記 「知人の消息捜し手伝う」 translated by
- 第 378 回 2004年3月18日 掲載 森内紀久子 「けが人が列つくり避難」 translated by
- 第 377 回 2004年3月4日 掲載 樋口美枝子 「母と抱き合い無事喜ぶ」 translated by
- 第 376 回 2004年2月26日 掲載 中村 伊平 「無惨な姿の遺体を収容」 translated by
- 第 375 回 2004年2月12日 掲載 一瀬 理 「一瞬「死んだ」と思った」 translated by
- 第 374 回 2004年2月5日 掲載 飛永 頼節 「「この世の終末」の思い」 translated by
- 第 373 回 2004年1月29日 掲載 犬塚 繁喜 「孤独な死に胸が痛む」 translated by
- 第 372 回 2004年1月22日 掲載 藤田 ヤス 「防空ごうに響くうめき声」 translated by
- 第 371 回 2004年1月14日 掲載 皆良田トシ子 「思い出の校舎燃え悔しく」 translated by
- 第 370 回 2004年1月8日 掲載 橋田 良明 「灰色の町に多数の遺体」 translated by
- 第 369 回 2003年12月25日 掲載 上田 正利 「本校舎に消毒剤のにおい」 translated by
- 第 368 回 2003年12月18日 掲載 坂下マツミ 「手術の痛さ今も脳裏に」 translated by
- 第 367 回 2003年12月11日 掲載 鶴岡 利男 「つらかった遺体収容任務」 translated by
- 第 366 回 2003年12月4日 掲載 鶴田 清人 「感じたのは恐怖だけ」 translated by
- 第 365 回 2003年11月27日 掲載 佐藤 寅雄 「熱線で焼けただれた医師」 translated by
- 第 364 回 2003年11月20日 掲載 立木 實夫 「真っ黒焦げの無数の遺体」 translated by
- 第 363 回 2003年11月13日 掲載 橋本 勝彦 「4カ月間寝たきりで闘病」 translated by
- 第 362 回 2003年11月6日 掲載 高野 国雄 「あちこちで死体焼く煙」 translated by
- 第 361 回 2003年10月23日 掲載 小玉 輝幸 「川に着いて友人は絶命」 translated by
- 第 360 回 2003年10月16日 掲載 池田 重満 「死体の山におじ家族」 translated by
- 第 359 回 2003年10月11日 掲載 八木 改造 「見渡す限り町中被災」 translated by
- 第 358 回 2003年10月3日 掲載 一ノ瀬美智子 「気失い急激に視力低下」 translated by
- 第 357 回 2003年9月25日 掲載 日高土太郎 「折り重なる患者と死臭」 translated by
- 第 356 回 2003年9月18日 掲載 黒崎美千子 「血まみれでさまよう人々」 translated by
- 第 355 回 2003年9月11日 掲載 竹下 馨 「うめき声の中一夜明かす」 translated by
- 第 354 回 2003年9月4日 掲載 森 紀晴 「大人に命じられ死体焼く」 translated by
- 第 353 回 2003年8月28日 掲載 田中 幸子 「姉捜し駆け回った父母」 translated by